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安保法案のこと

このブログであまり政治的なことは書いてこなかったけど、新しいチャレンジとして書いてみようかなと思った。

今現在、参院の特別委員での採決はまだ行われていない。
国会の中で国会議員たちが妨害行動をとっているのだそう。
これからどうなるのかはわからない中でこれを書いている。

初めにお断りしておくと、私はあまり政治に興味がない。
難しいことを言われてもよくわからないし、複雑過ぎる政治情勢、世界情勢の中で、なかなか自分の考えを決めることもできずにきている。
選挙には20歳から毎回行っているけど。

でも最近、ぼんやりと考えている。
震災の頃からか、やはり周りにある政治の問題は自分の生活、未来に直結していると感じるようになってきたから。きっかけは原発がいるのかいらないのか考えるところから始まった。
これが大人になるということかもしれない。などとも思う。
成人式からはものすごい時間が経過しているけれども。

漠然と考えていることを書いておく。
自分用のメモだ。
あとで見返して、思索を進める起点ともなるだろうし、自分の不見識をわらうことにもなるかもしれない。

まず、今回の安保法案。
政府が通そうとしているこの法案について、野党やデモをしてる人たちが口をそろえて「戦争法案」という。
これがなぜかわからない。

2015年安保法案=戦争法案、戦争をする国へ

という根拠は何なのだろうか?

私の理解は、安保法案が抑止力を強める方向に働くことにより、戦争を起こさないための法案なのではないかと思っている。ほんとうにそれがうまく働いてくれるのか効果的なのかはわからないけども、方向性としてはそうだと思ってる。

60年安保も70年安保も反対は強かった、反対デモは今の比ではないくらいだったのだと思うけど、結局そのおかげで、日本はこれまで戦争をすることもなく、経済発展を遂げて先進国になれたのだというのは、昭和が歴史となった今では証明されているのではないか?

60年、70年安保がどういう法案だったのかなど、詳しいことはは不勉強で知らないのですが…
60年安保、70年安保の争点が何で、結局どうなったのか?
反対してた人の主張が通っていたらどんな今を迎えていたのか?
(歴史に「もし」はないんだけど)
いま、知るべきことかも。

「集団的自衛権」が違憲かどうか?

法学者ではないからよくわからないけど、憲法学者さんが「違憲だ」と言ってるから違憲なのかもしれない。
でもそのことはそこまで重要な気がしない。
私は憲法を変えてもいいと思っている。
どういう風に変えるかはもちろん慎重に議論が必要。

「違憲だから反対する」では物事の本質を見誤るのではないか?
集団的自衛権を認めることが必要かどうかで考えたほうがいい。
自民党の誰かが「法的安定性はこの際関係ない」といったというのが大問題になったけど、心情的にはわかる。法律を守ることばかり考えていて、命が無くなったらどうする?

で、集団的自衛権の話にもどる。

この権利は日本も国際的に自然に持っている権利らしい。
ということは、日本以外のどの国も持っているということでしょうね。
であるならば、「集団的自衛権をもつ」=「戦争をする」とはならないのは明らか。
世界で戦争していない国の方が圧倒的に多い。
みな集団的自衛権はもちろん、日本が憲法上持っていない「軍隊」も持っている。
徴兵制のある国もある。

今回の安保法案が徴兵制につながるという主張も見かけた。
これも何でそういう話になるのかよくわからなかった。

戦後70年の首相談話

なかなかよくできた談話だったと思った。
特に私が共感したのは、「戦争をしてしまうような状況を作らない」ことにこれから努力する、としていた点。
いま慰安婦だとか、南京大虐殺だとか、日本に「お詫び」を求めてくる国があるけれども、そういうことを言い出すと、じゃあ、東京大空襲は?沖縄戦は?原爆は?シベリア抑留は?と日本側でもいくらでも出てくるわけで、戦争状態になったら一面的な善悪の問題ではないし、被害者対加害者という構図で見ることは難しくなるのだと思う。

戦争になったら、人間はどんな残酷なことでもできるというのは70年前を振り返らなくても、今のISなどを見ていてもわかること。

日本が先の戦争を反省するならば「戦争のときにどんなヒドイことをしたか」を反省するのではなく、そういうひどいことをしてしまう戦争を始めてしまったことを反省する方がよほど未来につながると思う。

どうやったら戦争をしないでいられるんだろう?
尖閣諸島や竹島でも実際起きてるけど、外交力や経済力や軍事力がないと、領土をとられるんだ。
尖閣くらいなら国民生活にそれほど影響ないけど、対馬とか沖縄とか、佐渡とかじわじわ来たらどうするんだろう?

私は、自身の受けてきた反戦教育、平和教育が骨の髄までしみわたっていることもあり、戦争は絶対に嫌だ。(っていうか、日本国民で戦争やりたい人って、そうそういないよね?)

でも今国会前に行って「戦争反対!」をやってる人たちに賛同する気にはならない。

安保法案が戦争しない日本を70年を超えてずっと継続していくための法案になることを願っている。
そのためにはもっと議論してもいいと思う。

今「戦争NO!安倍独裁を許すな!」と騒いでいる人たちが国民の多数派であるならば、なぜ前回の選挙で自民党があんなに大勝したのか?

私の勝手な憶測で書くと、戦争反対ですか?と聞かれれば、誰だって「反対です。」というだろう。でも「じゃあ、どうやって戦争をしないようにしますか?」という問いへの答えはいろいろに分かれるのだろう。

「憲法9条を死守することが戦争回避になる」と信じている人もいるだろう。
「日本もほかの国を同じように軍隊を持つことで、安易に攻めて来られないように抑止力を高める」という人もいるだろう。

国防上の問題なので、あまり大ぴらに「中国が・・」と名指しで国会で議論することはできないのだろうけれど、今の日本が置かれた情勢を見るときに、どうやったら戦争をしないで私たちが安全にこの地域で暮らして行かれるのかをしっかり考えてほしい。

政府がとても急いでいるように見えるのは、やっぱり何かの約束的なことがあるんでしょうね。
密約?
で、その内容は何十年かして明らかになるのでしょう。

わたしの恩師が、秘密保護法案の頃から今の日本状況をとても憂いておられる。
戦前の「きなくさい」感じが今に共通すると言って、とても心配している。
お話を聞くと、そうなのかな?やっぱりやばいのかな?
という気にもなるけど、もう一度考えてみないと。

デモに参加してる人もそういう世代の人が多い。
「次世代に絶対に憲法9条を守り抜いて伝えねば!」という気持ちのよう。

それはわかる。
あの戦争を体験したから、絶対なあんなことを繰り返すようなことをしてはならない。
という願いを持っているのはとてもよくわかる。

その気持ちはしっかり受け継ぎたいと思う。

しかし、問題はどういう方法でそのことを実現するかなのではないかな?

国会で満州事変の総括を首相に問う場面があった。
首相はそのことへの答弁は避けたが、そういえば、まだ日本人の中で満州事変から日中戦争~太平洋戦争についての総括は終わってないのだなぁと思った。
勿論私の中でも。

戦後70年首相談話は少し触れていたけど。
これからはこの点の勉強が必要だ。

日本が70年間平和だったのは憲法9条があるからではなく、
やはり日米同盟のおかげなんだろうなと思う。
ではなぜ戦争反対と言っている人が、安保に反対するのかな?

やはり世の中難しい。

課題
○なぜ安保法案を戦争法案と言ってデモしているのか?
○60年70年安保とはなにか?
○60年70年安保の総括は誰かしたのか?
○今回の安保法制は新たな抑止力として効果があるのか?

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