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地図の整理をしていて、ある地図に目がとまりました。
国土地理院の5万分の1地形図「豊橋」です。余白に電話番号と思われるメモがありました。

松竹0532-53-1131
と書かれています。
グーグル検索してみたけど、この番号でヒットするものはありませんでした。


記憶をたぐります。
この豊橋の地図は、学生時代、地域研究の演習でバス1台を仕立てて静岡から愛知まで巡った「巡検」のときのもののはず。
学生が手分けして事前に調べた項目を車内で発表しながら、各地のいろいろなものを見学して回るという内容でした。
久能山のいちご栽培、カワイのピアノ工場、掛川の報徳社、渥美半島の電照菊栽培など見た記憶があります。(他にもあったかも)
私は報徳社の担当で二宮金次郎の作った日本報徳社をにわか調べで発表しました。(そして今では殆ど忘れてる…)
巡検の最後は渥美半の伊良湖岬で、そこで解散になった記憶。
日帰りだったのか、どこかで一泊したのか不明ですが、伊良湖岬で明るいうちに撮った写真があるから、もしかすると伊良湖岬のあとに電照菊を見たかも。渥美線の駅で解散と考えたほうが合理的かな。

渥美線で豊橋市内に戻り、私と友人は大垣発の夜行列車で学校に戻ろうと考えました(それだと普通運賃で帰ることができる)大垣-東京間を走る夜行列車は青春18きっぷの利用者に大人気で私も何度か使ったことがありました。豊橋駅発は深夜になるのでそれまで時間をつぶす必要があります。


それで「松竹0532-53-1131」
のメモの登場となるのです。

多分映画館でしょう。
豊橋で映画を見た記憶があります
この20年、映画館はどんどんシネコンに取って代わられできました。おそらく電話番号がヒットしなかった「松竹0532-53-1131」も今はないのでしょうね。
調べてみると「豊橋松竹映画劇場」というのが駅から徒歩圏にあったことがわかりました。2000年に閉館したらしいです。

映画のパンフがありました。
今はよほどじゃないと買いませんが、昔は映画を見たら必ずパンフレット買ってました。
この映画だったと思います。
松竹映画「自由な女神たち」久世光彦作品。調べたら「青春かけおち篇」つかこうへい作品が併映だったみたいです。
1987年2月7日封切とのこと。
豊橋のデパートみたいなところで「バレンタインデーのチョコレートを時間のあるうちに買っておこう」と思った記憶もあるので、この映画で間違いなさそう。
特に見たかった映画というわけではなく、あくまで夜行列車の時間までの居場所確保が目的でした。知らない街で深夜まで安全に過ごせる場所が思いつかなかったからだと思います。

映画の後は駅の待合室へ向かいました。そんなに人もいなくて、椅子に座って待つことにしました。
が、そこに酔っ払い(?)のオジサンがいました。

私達のところにやってきて、手に持った千円札をくれようとします。
お小遣いのつもりかな?
今考えても、なんでオジサンはお金をくれようとしてのかわかりません。
でも気味が悪くて、丁重にお断りして離れて座っていたような気がします。
無事、夜行に乗りました。朝小田原で途中下車して小田原城で象を見たような気もするんですが、小田原につくのは早朝のはずなのでこれは記憶ちがいかな???

今、部屋の整理を進めてます。

55㎡から40㎡の部屋に引っ越したときに相当たくさんのものを処分したのですが、4年半経過して物が増えてきました。更に最近はアウトドアの趣味がスタートして道具も増え気味、置き場所を確保しないと!
先週からスタートし、本、CD類、冷蔵庫の中、食料置き場、衣類、靴箱の中…と進めてきて、ついに思い出コレクションにも手を入れることに…。
学生時代からずっと集めて来た地図類です。
学生時代にバックパックで旅したアメリカから始まり、地理学の演習で訪れた日本各地の2万5000分の一地形図。自分が住んだ町の市街地図などなど。

以前は海外旅行に出かけたときにも、ガイドマップの他に国土地図や大きな地図も買ってました。
古い地図はもう今は役に立たないし、今はなんといってもGoogleマップなどのオンライン地図が便利。
それでもこれまで持っていたのは、この時代の地図はむしろ今では手に入らない、という思いがあったからです。
地表面も時代とともに変わります。
その変化を見るのがかなり好きなので、今の地図と並べてみたら楽しいのです。
なんて、こんな事書いていたら、処分しょうと思っていた気持ちが鈍りますね。
ふふふ。
海外の地図はともかく、思い入れの深い場所の地図は残しとこうかしら??

勤労感謝の日、一人でデイキャンプ行ってきました。
週末から急に寒くなる予報だから、快適にキャンプできるのは最後かな?と思って。
荷物はリュック一個にまとめました。
重さは9キロ弱。
電車でいつものキャンプ場へ。

テントは持たず、100円ショップのレジャーシートで日除けを張ってみました。
いつもは夫にお任せのご飯ですが、メスティンで炊き込みご飯作ってみます。鶏肉を調味料に漬けこんで下ごしらえしてきました。
出来上がり!
おこげも美味しくできました。
キャンプで炊き込みご飯、簡単です。
メスティンの焦げ付きを洗うのはとょっと大変でしたが。
(帰宅してから洗った)

こんな感じでスペース作ったのにほとんど焚き火の前にいました。
もったいないなと、少しごろ寝してみました。
周りは小さい子を連れたファミリーが多め。
一人の人もいました。
一人って自由で楽しいのに加えて、心が休まる感覚あります。
瞑想のような感じ?
ソロキャンプにハマる人が多いのも納得です。
今回は朝10時から午後3時までの5時間デイキャンプ。
心地よかったからもうちょっと長居したかったな。
暑いくらいの陽気で焚き火のありがたみ感じなかった。
今シーズン最後かなとも思ったけど、もっと寒くなってからでも大丈夫そう。
また行こう!

夏から何度かデイキャンプをやってきました。少しずつ道具もそろってきたし、ここらで一回泊ってみようと思います。
まだ寝袋などはそろっていませんが、布団持っていけばなんとかなるのでは?
寝袋を買うのは1回体験して「また泊りたい」となってからでもよいでしょう。というか、その方がいいでしょうね。もしかしたら「もうこりごり!」となるかもしれませんし。
天気予報は晴れだけど、風が強いそう。
夜は10度以下になる見込み。
そこで焚き火の風防を購入。
テント用として
・羽毛布団2枚、大判毛布1枚、ひざ掛け2枚
・毛足の長いカーペット1枚、布団の下に置いているマットレス1枚
を用意。
服装は
・モンベルジオライン厚手肌着、FP1000薄手のインナーダウンベスト、綿フーディー、綿コート(焚き火用)、念のために厚手のダウンベストも持参。それに綿スカーフ、ニット帽。
さらに、ホッカイロ。
これで寒さ対策は何とかなるでしょう。
夕方4時ごろから翌朝9時頃までの1泊キャンプです。
4時過ぎからテント等設営して、あっという間に暗くなります。
夫は食事の準備、私は焚火。

夕方は風が強く焚火は無理かなとも思ったのですが、周りのサイトを見ると皆さんジャンジャン燃やしてる。結構いけるんだな。実際風防があると、炎があおられることもなく無事でした。
金属の風防は熱の反射もするので、とても暖かい。これは必需品ですね。
夜になると少しおさまってきました。

夜10時ごろ就寝。
服は着たまま、布団潜り込みます。
温かい!
顔は冷たくなるのでフードをかぶったりしてしのぎます。朝方になると、布団をはねのけたいくらいに温まっていました。
が!
この日は「しし座流星群」の日、せっかく星の見える場所にいるんだからと、朝4時に起き出して1時間近く星を見ていました。
夫は1個見られたみたい。
私は空振り…。
その間に身体が冷え切ってしまい、再度布団に潜り込んでもなかなか温まりませんでした。起きずにそのまま寝ていればよかった。

それにしても焚火って温かいんですね。
夏、汗をだらだら流しながら焚火してましたが、やっと焚火のありがたみが感じられました。そして、この時期のキャンプは虫がいないのも快適です。

夏よりいいかも。
布団を持ち込むのは結構大変なので、寝袋やマットの購入も検討しようかな?
と思い始めています。

文化の日がらみの連休、熊本に帰省しました。
1日は五家荘へ紅葉狩り。
五家荘と言えば、平家落人伝説ですね。
球磨川流域で育ちましたが、これまで行ったことないんです。
熊本の人にとっては「紅葉狩りと言えば五家荘」って感じなのでしょうか?
うんと小さいころ、マイカーが我が家にやってきてまもなくのころかな?父の車で「今日は五家荘(もしくは五木村)へ行くぞ!」と言って出かけたことがあった記憶がありますが、途中の道が狭くて崩れそうで、結局五家荘までたどり着かなかったと思います。
当時は道も今のように整備されていなくて、とても恐ろしかった記憶です。
さて、今回は?
熊本市内から緑川をさかのぼり、砥用を過ぎてから九州山地へ入ります。
国道445号。
グングン標高を上げて二本杉峠(標高1100m)を越えたころから、紅葉が美しくなります。二本杉峠展望台にも行きましたが、晴天なのですがかすんでいて展望がいまいち。

二本杉峠展望台

峠を超えたあたりから、美里町から八代市に入ります。
川辺川の支流の上流の渓谷を下りて、梅の木轟のつり橋を目指します。

梅の木轟のつり橋。
梅の木轟も見てきました。
これは途中の渓流。


夏はさぞかし涼しくて気持ちよいでしょうね。

樅木地区にある「五家荘平家の里」
小学校の跡地に古民家を移築して作られたもののようです。
入場料410円。

おそらく近年作られたと思われる能舞台や資料館がありました。
うしろの紅葉もそれに合わせて植えられたものかも。

なかなか雰囲気有り。
でもこの能舞台、1年のうちそう何度も使われてはいないのではないかな?
交通アクセスがとても不便だから仕方ないけど、もったいない。

資料館お腹にあった平家にまつわる人形と紙細工の展示は精巧でみごたえあり!

あ、これは懐かしい大河ドラマのポスターが。
平家の里には食堂もあり、ここでお昼にしました。
つなぎを使ってないそば100%の手打ちそばが食べられます。
素朴な手打ちそば、美味しかったです。
移築された古民家が何棟かあります。
民具が展示されてるところもあり、ゆっくり見ればこれもなかなか面白そう。
天然記念物「久連子鶏」が飼われていました。
こちらは椎原地区の「緒方家」
平家落人を先祖に代々この地に住み続けてきた緒方さんの家です。
これは300年ほど前、江戸時代に建て替えられたものだとか。
係の方が詳しく案内してくれました。

「二本杉峠から来た」というと「あそこは国道ですけど酷道ともいうくらい道が大変ですよ。帰りは別の道の方がいいですよ」と教えてくれました。
途中、ここの分かれ道で住民の方に道を尋ねました。
親切に教えてくれたのですが、子別峠で間違ったみたいです。


すすきの野も美しい。


端海野で拾った小さな栗のイガ。
これなんて言う栗なのでしょうね?
緒方家で教えられた道を行こうとしたのですが、
途中で間違えてしまったようで、「端海野」から先「大通峠」までは舗装も剥げ落ちているような過酷な道を行くことになりました。
五家荘の道は狭くて離合がままならないので、何度も対向車と鉢合わせしては、どちらかがバックしあって道を譲る必要があります。
でもこの過酷な道はその過酷さ故か誰も使わないらしく、1台も対向車がなくて何とか走り切りました(父が)。あそこで対向車来てたら、崖に真っ逆さまとかもあったかも…怖い。
紅葉の季節の五家荘は、山道が一方通行になるそうです。
(私が行ったときはまだ規制がなかった)
多少不便にはなりますが、山道での「離合」はとても大変。いい措置だと思います。
全走行距離100キロちょっとでした。

文化の日の連休、熊本帰省してきました。11月だというのに異常な暑さでしたが、両親とドライブ楽しみました。

何十年ぶりに金峰山の頂上まで登りました。(車でですけどね)金峰山に登る道は、のぼりとくだりで車両は一方通行になっていて走りやすいですね。

山頂駐車場の係の方に「ブランコ乗っていってくださいね」と言われました。

噂でブランコがあるのは知っていましたが、子供用かなと思ってました。大人も乗っていいなら乗りたい。でも混んでたら子どもたちに譲らなきゃな…。
行ってみると、なかなか大きなブランコです。竹の大木(という言い方はおかしいけど)を使ってあります。
5人くらいしか並んでない。子どもが多いけど大人一人で乗ってる人もいる!並んじゃお!

ブランコは金峰山の頂上の西側に作られていて、有明海を挟んで雲仙普賢岳を望む方向です。真下は斜面で大きく漕ぐと海に放り出されるような爽快感とスリル。
11月26日までだそうなので、興味のある人行ってみてください。
以下、熊本市のホームページから転載。

『大空に飛び出すような開放感! 山の上の絶景ブランコ』

 金峰山山頂に、放置竹林対策で伐採された竹を活用した大型ブランコを設置します。
 熊本市の最高峰・金峰山から、眼下に広がる有明海と島原 ・ 雲仙普賢岳に向かってブランコを漕ぎ出せば、青い空と海に飛び出すような爽快感が味わえます!
 遮るものが何もない絶景を楽しめる浮遊体験は、大人も子どもも夢中になること間違いなしです!
開催日:10月28日(土)~11月26日(日)の土日祝日
 営業時間:10時~16時(メンテナンス:12時00分~13時00分)

くまもと花博2023 まち山エリア

くまもと花博2023 まち山エリア / 熊本市ホームページ

熊本市ホームページ

おまけ
山頂から有明海

山頂から熊本市街

金峰山といえばテレビ塔

登山してる人もたくさんいました。


山頂でヒライの弁当

2

今年の夏からアウトドアに目覚めてますが、ついに登山にも手を出してしまいました。
いつも「山に登る人の気が知れない」だの「何が楽しくてあんな辛いことを?」とか思っていたのに!
お友達のお誘いに乗り、なんとなくやってみようかな?的な気の迷い(笑)。
新しいことに挑戦してみたいお年頃です。
超初心者だし、登山の装備も何も持っていないので、初心者向きの山を選びます。群馬県に住む友人と神奈川にいる私の中間地点ということで、埼玉県秩父の長瀞へ行くことになりました。
長瀞といえば、ライン下りとかき氷のイメージですが、実は未踏の地です。
「長瀞アルプス」と言われ山歩きでも人気らしい。
友人から 靴と肌着は登山用のものを揃えた方がいいと言われ、2週間前に石井スポーツに行って 登山靴と汗で冷えない肌着を購入。ケガを防ぎ命を守る登山の装備は、初心者向けとはいえなかなかお値段が張りますね。

山に入っている時間はおそらく 3時間程度で、帰り道はロープウェイで下るコース。おそらく 友人には物足りないでしょうけど、初めて行った 登山で「もうこりごり!」ってなるのは嫌なので、軽めにしてもらいました。

コンパスも買ってみた。
紙の地図も持ちました。
登山靴。軽くて街歩きにも使える。
慣らし履きも済ませておきました。
キャンプにも履いていきました。
荷造り。ザックは街用のもの。
雨予報じゃないから、今回は雨具はポンチョと傘。
そのうちキャンプにも使えるレインウェアほしいな。
朝早く横浜の家を発ち、2時間電車に揺られ熊谷駅まで。
ここで友人の車に拾ってもらい長瀞へ。
車で約1時間。
長瀞町役場の駐車場に車を止め、ここからスタートです。
登山口
登山道は私有地を通るので、協力金100円をポストへ。
秋の山は見通しもよく歩きやすい。
尾根歩きがメインだったのですが、やはりこんな急坂もあり。
がんばる!
宝登山の頂上
宝登山(ほどさん)497.1m
友人がガスバーナー持参でホットサンドを作ってくれました。
山ごはん楽しい!

山頂でお昼ご飯食べた後、下りはロープウェーで。
紅葉にはまだまだだったので、それほど混んでおらずすぐに乗ることができました。片道700円。
長瀞といえば、天然氷のかき氷!
1400円。
甘いものを補充して元気も回復。
これからは観光します。

岩畳へ降りていきました。
この川、荒川なんですね。

奇観が広がってます。

ポットホール!!
自然が作り出した不記事な造形。初めて現物を見ました。

長瀞ライン下り、橋の上から手を振りました。

初めての秩父長瀞、見どころも多く楽しめました。

山登り要素は、入門編だったのでそれほど辛くなく楽しく歩けました。
アウトドア人生は始まったばかり。
少しずつ経験値を上げていきます。

五年ぶりの免許更新。
神奈川県で更新するの初めて。試験場まで行くので、朝から車を借りて更新を午前中に済ませ、午後からはデイキャンプへ。

コールマン増えた。車じゃないとこれを運ぶのは無理ですね。
徒歩キャンプするならテントを考えないと…

前回のデイキャンプから3週間、少し道具が増えました。
ポール
タープ(持ってないけど)を張ったり、テントのキャノピーを立てたりするのに使います。

リュック
これまで20リットルのコンパクトなリュックだったのを倍の40リットルサイズに。
細々した道具は全部入ります。
ゆくゆくはこれで電車(徒歩)キャンプにも行くつもりです。

ランタン
最近は午後5時頃日没。デイキャンプでも帰る頃には真っ暗になるので必須です。
太陽光で蓄電するタイプと、LEDタイプを用意。

ペグ、ハンマー、ロープ
タープ(持ってないけど)を張ったりキャノピーを立てたりするとき用に30センチのスチールペグ、ペグハンマー、ロープを購入。重い…!

椅子
座面の高さが42センチある座りやすい椅子(コールマンのレイチェア)、アウトドアだけでなくリビングでも使っています。3キロ強と携行用には重いけど、家用とするととても軽量。




テントはるの2回目だけど、まだ設営方法身についてなくて間違いだらけ(笑)撤収は全然わからず暗い中説明書を再度読みました。

今回は焼き芋だけで料理をしなかったのでテーブルの上などスッキリしてた。


テントのキャノピー(ひさし)を立てることができました。


この時期は虫も減ってきてなかなか快適。デイキャンプだけど5時すぎると暗くなって焚き火の明るさが嬉しい。暖かさも。

暗くなる前にテントは撤収済み。イスとテーブルだけ残して焚火しています。ランタンの光が明るい。

次こそ泊まりキャンプ行きたいな。
まだマットやシュラフ無いから、毛布とか布団持ち込む予定。
本格的に冬になる前にできたらいいなぁと思っています。

2019年から「昔ばなし大学」に通っていたのですが、コロナでオンライン授業に切り替わり、その後は同級生たちと会うことができなくなりました。そこで、有志でオンライン予習復習会などをZOOMでほそぼそ続けていました。
「そろそろ実際に集まってなにかしたいね」という声が上がり、私はきっと飲み会だろうと思って、気軽に「やろうやろう!」なんて手を上げたんですが…蓋を開けてみたら、何だがすっかり立派なイベントをやる話になっていました。
聞いてないよー(笑)
7人の有志で夏前から企画準備して、一度も集まることなく、先日本番を迎えました。
7人のうち、3人は昔話の語りをやります。
1人は落語家さんとの連絡係。
1人は会場と設備(高座)係。
そして、残った2人で音響(出囃子)、チラシ、めくりなどの準備を手分けしました。
私はチラシデザインとめくり準備をやりました。
会場は松戸駅からほど近い、天廣堂という中華レストランに併設されたギャラリテンセン。
定員50名、平日昼間のイベント、果たしてお客さんは来るのかしら??
プロの落語家さんを呼ぶので、お客さん来なかったらスタッフの持ち出しが増える……
と心配してましたが、なんのなんの、8.20の予約開始から一週間も経たないうちに満席の申込み!あとはキャンセル待ちをしていただくというなんともありがたい展開。
語りを担当した3人の方の人脈だったようですね。
当日までに、落語家さんに表敬の意味もあり、独演会へ行って一緒にお酒飲んだりもしました。落語家さんとしても、「昔話の会」って言われてもはよくわからないでしょうから話せてよかった。
また、落語家さんは会場の下見にも来てくれて、一部のスタッフと打ち合わせできたようでした(私は参加しませんでしたが)
当日は、3時間前に会場入りして、席の設営、高座やめくり台のセット、照明プランなど準備しました。
その後は、開場前で道案内とかもやったり。

おしゃれな会場です

照明の準備中

お店の前に貼り出されたチラシ
うれしいな!
満員のお客様です。
コロナやインフルが流行ってルンで心配してたのですが、なんと当日キャンセルゼロ!ありがたい!

落語は「死神」をリクエストしていました。
というのも、もともと三遊亭圓朝が作ったこの「死神」という演目は、グリム童話に同じ話があるのです。「名付け親になった死神」。
今回はせっかく昔話と落語と一緒に聞ける機会になるので、この2つを聴き比べたら楽しいのでは?という話になったのでした。
落語の世界では話がかぶるなんてやらないと思うんですけど、無理を聞いていただきました。
イーゼルを使っためくり台です。
昔話の方は、お話のタイトルを書きました。
2時間のイベントはあっという間に、盛況のうちに終わりました。
撤収して軽く慰労会。

スタッフと立川キウイ師匠。
誰も真ん中の椅子に座らない変な構図。

高座に使ったテーブルでお菓子で慰労会(反省会)

その後、階下の中華レストランで夕食食べて帰りました。松戸の食材をたくさん使った高級中華コースでした。

デザート3品。
松戸のレモン使った愛玉子(オーギヨーチ)松戸のかぼちゃを使った月餅。
久しぶりにリアルイベントで沢山の人に会えて楽しかったのでした。
勉強はもう卒業してるんですけど、誰かと何かを作り上げるって楽しいですね(色々大変なことはあったんですけどね)

デイキャンプに行ったキャンプ場は、農園併設です。
秋になって「芋掘り体験」ができると聞き、キャンプの合間にと申し込んでみました。
一株400円です。
安納芋、紅はるか、シルクスイートの3品種から好きなのを選べます。
予約の時間に畑へ行くと、掘りやすいように葉やつるはカットしてありました。
畑の係りの日焼けしたお兄さんたちに、芋掘りのコツを教えてもらいます。
芋の周りの土をほってほって、あらかたの姿を現してから上に引っ張ると良いらしい。横に広がる株もあれば下方につながる株もあり、個性があって面白い。
夫は「どこまで掘ればいいの?ブラジルまで到達しちゃうんじゃ?!」とか言いながら楽しそうでした。
隣の畝には家族連れ、子どもたちはキャーキャー言いながら掘ってました。
途中で「あ!いもむし!」とかいろんな物に興味が移ってって可愛らしい。


これは安納芋。

掘り出したら写真撮りたくなるものです。
合計4株掘ってなかなかの収穫。
さぁこれを今から焼き芋にして食べようか?とか言ってたら、農家のお兄さんが、「いま食べるのも、フレッシュな味わいがありますが、すぐに食べずにおいていたほうが美味しくなりますよ。」というので、今日は家から持参の芋だけ焼くことにしました。
「泥はつけたままがいいですよ。乾燥と寒さが嫌いです。」とのアドバイスも貰いました。
一本だけ焼いて食べてみたら、なるほど、少し酸味を感じるようなフレッシュな味でした。これはこれで収穫直後しか味わえないかも。
芋掘りは11月頃まで楽しめるそう。
備蓄の芋がなくなったらまた掘りに来ようかな。

前回のデイキャンプ(というか焚き火)から一ヶ月半、道具も少し増えました。
テーブル
長年賃貸暮らしなので、今後の引越しを考えて、家具の軽量化を計画中です。その第一弾としてダイニングテーブルを折りたたみ式のに買い替えました。
天板が木製なので家でも違和感なく、キャンプ行くときはコンパクトに畳めて、高さも二段階にできるのでこれにしました。



20数年前に先輩からおさがりをもらって、長年使っていたダイニングテーブル。かなりボロボロなので、これを機に処分。

テント
キャンプといえばテントですよね。
急な雨もあるし、泊まるなら絶対必要。
今後、災害対策としても、持っておきたいなと思い、2か月以上あれこれ悩んで、これもコールマンの最新タイプにしました。
これがキャンプの前日に届きました。
試し張りをする暇もなくキャンプ場へGO!です。
さらに、食器や調理用として、メスティン1.5合(DAISO)、チタンのシェラカップ(モンベル)を買いました。
 

テントのグラウンドシート用に、100均Seriaの180✕180cmのレジャーシート。ちゃんとしたものを買うなら3000円くらいするようですが、まずは110円で間に合わせます。
キャンプ場へは車で1時間。
今回はカーシェアです。

テントは今日現場でぶっつけ本番で組み立てます。
事前にユーチューブで設営方法を勉強していったので、初めてでもあんがい簡単にできました。
泊まるわけじゃないので、 ロープは張らずに荷物を中に入れて 風で飛ばされないようにしておきます。

いつやっても楽しい焚き火。
でもまだまだ暑いですね。
今回もサツマイモをたくさん持ち込んでます。
テントをはり終えて、焚き火をやって、おひるごはん食べていたら、一天にわかにかにかき曇り、 ザーッと雨が降ってきました。
新品のテントなのに!!とも思いましたが テント張っておいて良かったです。 薪や道具類を 中へ入れて 濡れないようにすることができました。

30分もすると雨が上がりました。
デイキャンプでもテントがあれば安心ですね。
今回は 車で来たので テントがなくても最悪車に逃げ込むということもできますが。
新品テントはよく雨をはじいてくれました。
その後は晴れたので、撤収する頃には サラサラになってました。
100均のレジャーシートもグラウンドシートの役目をしっかり果たしてくれました。
よかった~。
雨が上がってから ステーキを焼いてみます。
我が家は夫が食事係。
出されたものを食べる感じ。
美味しかったです。
この鉄板を乗せておいたおかげで、雨でも火は消えませんでした。

テントサイト 全景。
テーブルは家で使っているのの半分の高さに脚を縮めています。
写真ではテーブルの上にごちゃごちゃいろいろ載っていますが、やっぱりテ
ーブルがあると便利ですね。
 コーヒーも 豆からひいてゆっくり飲むことができました。
朝の10時から夕方5時ぐらいまでのデイキャンプ。
テントで昼寝もしたりしてのんびり過ごしました。
別記事にしますが、芋ほり体験もしたんです。
秋になったせいか 夏はほとんど お客がいなかった このキャンプ場も大勢のお客さんで賑わっていました。
横浜市内にあって この環境は魅力です。
夜になって、腿の筋肉痛と腰痛に苦しめられました。
どうも、椅子が低すぎたようです。
座ったり立ったりを繰り返していたせいで、スクワットを繰り返したような状態に…。日ごろの運動不足のせいなのですが、もう少し座面の高い椅子が欲しくなってきました。
また散財??
あ、でも家具は軽量折りたたみできるものに変えていく予定だから、買ってもよいのです!

翌日曜は、早速アウトドアショップへ行って、陳列してある椅子に座ってみたりしました。これが座りやすかった!

  ↓
  ↓
また、コールマンだ…なぜ?
 

2

それは不意にやってきました。
0日目(月)
朝出勤後、取引先へ。午後帰社して仕事をこなしていたものの、
3時すぎくらいから倦怠感を覚え始める。
定時の5時半まで待ちきれず5時で早退。
帰り道、薬局で目薬(目の乾燥が気になってた)、駅のスタンドでおにぎりを買う。6時過ぎ帰宅、熱を測ると38.1度。

ありゃりゃ、これはまずい。
夫に連絡し、今夜はホテルに泊まってもらうことにする(5000円くらいで泊まれるとこが見つかった)
熱が高いからぐったりはするけど、ほかに風邪の症状はない。おなかがすいていたので買ってきたおにぎりを食べてすぐに横になった。
夫が着替えを取りに帰宅。
ポカリと食料を買ってきてくれた。
夫にはうつりませんように。
熱は38.7度まで上がってきた。
薬などは飲まずにとりあえず水分を取って寝て体を休ませる。

1日目(火)
夜何度か目が覚めた。まだ熱はありそう。計ってみると38.6度。

これはもうきっとコロナかインフルエンザなんだろうな。こんなに熱が出たの、もう10何年振りくらい?
でも、風邪の症状はないし、熱に慣れてきたのか、倦怠感は抜けてる。
火曜は燃えるゴミの日だから、ごみだけは出しておこう。
洗濯もしておくか。
9時、会社にも高熱のため休む連絡を入れる。(同僚が予定を変えて私のカバーに入ってくれることになった。ゆっくり休んでといわれる、いい職場だ)
コロナの抗原検査キットは前に買っておいたものがあるのだけど、症状が出て1日くらいたたないと正確に検査できないらしい。
3時過ぎたら検査しよう。
夫が買っておいてくれた果物ゼリーなどを食べて、あとはひたすら寝て過ごす。ずーっと体はほかほかしている。2時には39.1度まで上がった。
寝てて治るものでもないんだね。
3時過ぎ、抗原検査をする。
コロナのPCR検査はおろか、インフルの検査も経験がないので、鼻に綿棒を入れて粘膜を採取するの初体験。
こんな感じでいいのかな?
痛いよー、でもちゃんとやらないと正しい結果でないよね。
頑張って左右の鼻の穴をぐるぐると4回ずつぬぐって、検査液へ。
15分後。。。見事に、2本線が浮き上がってました。

陽性決定です。
会社に再度連絡して今週いっぱい休むと伝え、次に病院探し。普段元気だから、かかりつけ医などはないのよね。
朝は割と元気だったものの、39度超えると外出はしんどい。オンライン診療が受けられるところがいいな。
以前、脚のしびれで診てもらった神経内科が、県のオンライン診療のリストに載ってた。電話してみると、そのまま先生につないでくれて診察になった。
かんたーん!
アプリとか入れてやるのかと思った。
「自分で抗原検査したら陽性でした」と伝えると、現在症状などの聞き取りの上で、「対症療法だけになるけど薬を処方します。処方箋を取りに来てください」ということでした。やっぱり行かなきゃいけないのか。歩くと20分はかかるところ、ちょっとしんどい。
「手持ちの解熱剤とかを飲んでもいいですか?」と相談する。
「それでもいいけど、このあと咳やのどの痛みも出てくる可能性が高いから、その薬もありますか?」と言われる。
ここでいったん電話を切って、仕事に行ってる夫に相談。
早めに仕事を切り上げて薬を取りに行ってくれることになったので、再度病院に電話して処方箋を用意してもらうことにした。
ありがたい。
診察も済ませたので、手持ちの解熱剤を飲んだ。
37.5度まで下がって結構楽になる。

夫の今夜の宿を予約。
1週間別居生活するのかなりの出費になりそう。仕方ないけど。
夫が薬と今日の分の食料を買ってきてくれる。
夫の帰宅時は、家じゅうの窓を開けて換気。
ひとりになったら晩御飯をたべて、処方された薬を飲んで寝る。
処方されたのは、以下の5種類
解熱剤:カロナール500
のどの痛み:トラネキサム酸
咳止め:デキストロ
痰切り:アンブロキソール
風邪:葛根湯

夜7時ごろ飲んだら、36.9度まで下がった。
これは楽だ。
今のうちに一回シャワーしてさっぱりしよう。
一人だし、熱は下がったし、明日も仕事は行かなくていいし、のんびりできる〜なんて、ちょっと嬉しかったりもしたのだけど、深夜になるにしたがってやっぱり熱が上がってきて、夜中何度も目が覚めてよく眠れなかった。
2日目(水)
朝5時、38.7度まで上がってる。

さらに喉が痛くなってる。
あーこれは、お医者さんが言ったとおりだ。薬もらっといてよかった。
お正月ごろにコロナに罹った友人が
「この世のものと思えないほど喉が痛かった」といってたけど、私もそうなるのかな?嫌だなぁ。
早く朝ごはん食べて、薬飲もう。
コーヒー牛乳とみかんを食べる。
薬飲んでしばらくすると、熱が下がってきた。37.5度
お昼は、果物入りヨーグルトを食べる。
変な味!
あー味覚が変になってるんだ。これもコロナの典型症状。
夕方、夫から連絡。
熱が38.2度だって!
ありゃりゃ。
2晩、ホテルに泊まって隔離生活してきたけど、ダメだったか…その前にうつっていたということですね。夫は喘息をもっているので、ちょっと心配。
帰りにかかりつけの病院へ寄って診察を受けると、すでに陽性判定だって、はやい!
夫にはコロナの薬「ゾコーバ」が処方されてた。(喘息の薬も強化されてた)

今夜からはホテルは不要。金銭的には助かるけど。
夫が軽く済んでくれればいいが…。
お弁当用に冷凍していたおかずで雑炊を作って晩御飯に。2日ぶりに二人でゆっくりご飯を食べた。
その夜、やっぱり熱が上がって寝苦しく、喉もヒリヒリ、咳もゲホゲホ。もう3日も寝続けてるから腰も痛いし、どの体勢でもどこかしらが痛い・・。
はぁ、しんど。 
この3日間で一番つらい夜だった。
3日目(木)

睡眠不足。

食欲ないけど、食べないと薬飲めないから頑張って少し食べる。喉痛くて飲み込むのもつらい。でも熱は37.5前後で安定し始めた。7度台になるとかなり楽。
咳とのどの痛みはますます強くなってきた。咳のし過ぎでみぞおちあたりが筋肉痛。
夫は昨夜は熱が高かったけど、きょうの午後からは37.0度程度まで下がって、喉の痛みもないらしい。薬が効いているのか、もともとウィルス量が少なかったのか?
ひとまずヨカッタ。
夜はウーバーイーツでうどん。
これは美味しく食べることができた。どうも果物の味が変な味に感じる傾向のよう。
4日目(金)
ゆっくり眠れた!
熱がないって幸せ。
でもまだ喉は痛い。咳も出る。
味覚は弱くなってる感じ。
朝はロールパン。普通の味。
熱が出てから一度も飲みたいと思わなかったコーヒー。
ためにしに飲んでみたらは「炒った豆」の味がする。味覚より嗅覚がかなり落ちてるよう。香水をかいでみたけどかすかに香るのみ。はちみつレモンのど飴は普通に味を感じる。
一日中、すっかり平熱ですごせた。
夜になって、少し咳も弱くなり、喉の痛みも半分くらいになったかも?
5日目(土)
6日目(日)
喉の痛みと咳はまだ取れない。
食べては薬を飲む。薬は日曜昼間の分まで。飲みきって終了とする。
95%快復。
コロナに怯えて過ごしたこの三年余り、かかるときはあっけないものですね。
夫婦ふたりともかかったけど重くならずに済んで良かった。
もう大丈夫です。

ENEOSカーシェアの入会キャンペーン特典を使い倒そうと思って、またまたドライブです。
今回はカローラツーリングを借りました。
ステーションは横浜スタジアムそば。
朝10時ごろ行くと、周りのコインパーキングには「TUBE!」と大書きした車が沢山。しかも他県ナンバー(関西方面からも多し)。
そうか、今日は年に一度のTUBEのハマスタコンサートなのでしょう。
日本全国からファンが集結。コンサートは夜だと思いますが、夜通しドライブして、前乗りして楽しんでるんでしょうね。
今日は8月26日。夏休み最後の土曜日。
まだまだ夏の空ですね。
今日も特に目的もなく、車を借りたのですけど、まずは夫の気になってる川崎市鷺沼のカフェに向かうことにします。
ナビの使い方も慣れてきました(毎回違うナビですが)
今回のナビはものすごく裏道を通してくれます。どこを通ってるのかさっぱりわかりません。(あとで地図で確認するのが大変でした)
信号待ちをしているときに、ふと横を見ると、民家の庭にこんな案内看板が。
おお!
これは、前々から行きたいと思っていた「大山街道荏田宿の常夜燈」ではありませぬか!
これは「中宿」のものらしい。
2017年に行こうと思って以来果たせていない荏田宿。車だとすぐ来られるのですね。
無事お目当てのカフェに到着。駐車場も空いていて席もあった。
このカフェ、駐車場に外車ばかり停まってました。高級住宅地…。
それからの行き先は決めていません。
パラパラ地図を見ていたら、「営農団地」なる言葉が見えました。
何でしょうか???行ってみます。
調べてみると、ここは横浜市と東京都町田市に囲まれた、川崎市麻生区の飛び地のようです。耕地整理の碑がありました。
河岸段丘上に耕地が広がり今は観光農園のようにも使われているようです。
近くには「こどもの国」やTBSの「緑山スタジオ」なんかもある緑の多い所でした。

次はどこに行きましょうか?
カフェで朝ご飯は食べたけど、少しお腹空いてきましたね。
夫はまた「焼肉きんぐ」に行きたいらしい(前回とても気に入ったようです)。近くの店舗を検索して、町田のお店へ。
食べ放題の焼肉を堪能して、また地図をみます。
「民権の森」っていうのがあるみたい。
なんでしょうね?「民権の森」
ナビを設定して向かいます。
一帯は「薬師池公園」として、ひろい公園になっているみたい。
民権の森のあたりをうろうろしましたが、入れるところがなかった。
うろうろしているときに見つけた「きんじょの本棚」。
民家の庭先に作ってあって、硝子戸のついた箱の中には本が入ってるんです。私設図書館のようなものでしょうか?
町田市に150か所もあるそうです。どこで借りてどこに返してもいいらしい。
とってもいい市民運動ですね。
民権の森のあるらしきところをぐると回っただけで、入ることはできなかったのですが、地図を見ていた夫が「近くに自由民権資料館って言うのがあるよ。」と教えてくれました。
そこ行ってみよう!
お、入場無料。駐車場も無料だ。
あと15分で閉館でしたが、サーっと見て回りました。
自由民権系の資料館は全国に3か所あるそうです。
ここは、明治の民権活動家「村野常右衛門」が若手の民権活動家育成のために建てた文武道場「凌霜館」 のあとにこの資料館ができたようです。
知らない話ばっかり。
町田市の郷土資料館的な役目もあるようで、市域から出土したこんな立派な縄文土器もレプリカだけど展示されていました。
時間がなくて駆け足で見ただけですが、町田市は今でこそ東京のベッドタウンのような位置づけで見てしまいますが、明治期はいわゆる「絹の道」として栄えたようですし、鎌倉古道もあるし、歴史を勉強したら面白そうです。

カローラツーリングは、今まで借りたホンダFITやスズキSWIFTに比べて、運転するのが楽しい車でした。
帰りは、前に焚火キャンプに行ったゆめが丘のあたりを経由して、給油して、磯子のスーパーによっていろいろ買い物して帰りました。
運転が楽しくて、返す時間まで少し余裕があたので、みなとみらいの方まで意味もなく運転して夜景を見たりして。
今回も安全運転で楽しく過ごせました。
12時間借りて、ガソリン代も保険も全部込みで4800円くらい。
キャンペーンなのでお得でした。

先日のデイキャンプが楽しかったので、お盆休みの間にもう1回 行きたくなりました。
今度は1人で行きます。
夏休みの最終日の朝10時から4時間、前回と同じ林間サイトを予約。荷物が重くなるから料理はナシ。焚き火して焼き芋を作るだけにしようと思います。
前回の経験をもとに荷物を厳選。
それでもリュックがパンパン。
重さが7kg ありました。(そのうちの 1kgは水と氷)

このリュック自体が重いのかも。そのうち軽量な登山用ザックとか欲しくなるかも。



前回 駅からの近道は把握したので、今度は駅からすぐに森へ入ります。いくらか涼しい。森を抜けて大きな畑を横切り、 受け付け場所まで。平日ソロ割引が受けられて1000円でした。やった!

駅の案内板。現在地の上に広がる緑地がキャンプ場です。


(キャンプ場の入り口から駅を振り返る)

昨日の夜と今日の朝、大雨が降ったので薪が濡れているかもしれません。 濡れてないまでも 湿気ってることは間違いないでしょう。 うまく 焚き火ができるでしょうか??
無料で使える薪

今回は森に入る前に、蚊取り線香をに火をつけ、虫除けスプレーを全身に噴霧します。さらに薪取りと、水くみも済ませて両手に抱えてサイトに入ります。段取り良くなってますよ。

着火剤と例の檜リボンで火起こしをします。いっとき燃え上がるものの着火剤がなくなったところで消えてしまいます。 薪もいくらかは燃えるんですけど やっぱり 雨の後は難しいですね。


(よく見たら薪が大きすぎ)

途中のコンビニで買ったパンを食べながら何度も試行錯誤。 1回 燃えたように見えても時間が経つと消えてしまいます。

あーここにナイフとかがあれば大きい 薪を細かくできるんだけどな。
埒が明かないので、再度 細めの薪を探してきて再チャレンジ。なんとか成功しました 火起こし に1時間ぐらいかかったような。
しっかり火がついてみたらあとは大丈夫です。 これまでの試行錯誤 で少しずつ 薪が乾いてきたのかもしれません。大きめの薪もどんどん燃えます。

お芋は3個だけ持ってきました。 
今日はお酒もなし、 水だけ飲みながらストイックに(笑)焚き火をします。
焚き火 修行です。
冬なら幸せを感じるかもしれませんが 夏なので 幸せは感じません(笑)。 面白いけど。
午後1時頃、 空が少し暗くなってきました。雨雲レーダーで確認すると大きな 雷雲が近づいている模様。 あと15分もしたら土砂降りになりそうです。
急いで撤収にかかり、焚き火台の始末だけは後ですることにして、近くの屋根のあるところにリュックなど運び込みました
森の中にいると小ぶりに感じたのですが外に出るとなかなかの雨です。 焚き火の火はあっという間に消えてしまいました。

今日は 火消し壺も出番なし。濡れついでにバケツの水をしっかりかけて消火。
その後 雨宿りも兼ねて 汚れた 焚き火台や 火ばさみ バケツなどを洗って 荷造りしました。雨宿りしながら 焼き芋も1本だけ 食べました。 そうこうしているうちに 雨あがりましたので帰路に。

正味2時間ぐらいの焚き火になりました。
もう少し 涼しくなったらもっともっと楽しめると思います。 秋になったら お芋もたくさん八百屋に並ぶでしょうしね。
そうしたら箱いっぱいの芋を車で運んで焼き芋作りたいと思いました。

5月に香港の友達と行ったキャンプがとても楽しかったので、 自分でもやってみたい!
6月7月は 情報収集に明け暮れていました。
YouTube でアウトドア関係の動画を見たり、 色々な道具のレビュー なんかを読んだり。
色々道具も必要なことは分かったけど、この前みたいに全部レンタルしたら お金かかるし、買っても高い。そこで、少しずつ 安いものから 揃えることにしました。
今の自分が一番やりたいのは焚き火。
まずは 徒歩で行くデイキャンプからスタートしようと思います。
テントとかは後回しで。
となると 必要なものは限られます。
●焚き火台
●焚き火シート
●バケツ
●火消し壺
●火の周りで作業するための革の手袋
●火バサミ
それと 絶対必要 というわけではないけど簡単な椅子も欲しいな。
焚き火台は今後も長く使うことも考えて、ある程度の予算をかけて、TOKYO CAMPというブランドのを楽天市場で購入。5000円弱。
焚き火シートはアマゾンで1000円くらい。
バケツは百均の釣具コーナーで折りたたみのを330円で。
火消し壺は、ネットの情報でこれまた100均のオイルポットで代用。

(火消しツボはビール立てとしても役立ちました)

火バサミも100均、ついでに火吹き棒も購入。
革手袋はワークマンで580円。

椅子は長く使えるそれなりのを買おうかとも悩んだのですが、手始めは徒歩キャンプなので小さくて安い物にしました。
アマゾンで2脚で1500円。
安すぎで届いたらもう壊れていました(自分で修繕してOK)

農作業用の強力な蚊取り線香も買いました。

これらの道具と手持ちの道具で、第一回アウトドア活動をします。
この道具をリュックに詰めていきます。

次に会場選び。
焚き火ができるところとなると、キャンプ場か あるいは河原のバーベキュー場。でもどこも遠い。遠いと疲れる。
と思っていたところ、グーグルマップで横浜市内の駅徒歩10分くらいの場所にキャンプ場を発見!
よし、お盆休みに一人で偵察してこよう。
しかし、お盆休みは台風の影響で毎日雨予想。
これは無理かなぁ。
結局、台風は関東へは向かわず、晴れる天気予報にも変化が。
よし!明日行くぞ!
ちょうど夫も休みだったので二人で行くことに。私は焚き火、夫はアウトドアごはんをそれぞれ担当。
必要最低限のものだけ持って電車&徒歩で向かいます。
家から1時間くらいで到着。
暑い!
受付でデイキャンプの料金3000円を払い早速サイトへ。
真夏なので、林間サイトを予約してました。虫は多いだろうけど、日陰になるから。
日がささなくて快適ですが、虫がブンブン!!
レジャーシートを広げ、蚊取り線香を焚き、虫よけスプレーを体中に噴霧します。もちろん長袖長ズボンです(暑い)。
酷暑だからか、このエリアは我らだけの貸し切り。多少煙くっても気兼ねなしです。
椅子を組み立て、焚き火台を組み立て、水と薪を取りに行きます。
なんと、ここ薪が無料です。
薪と言っても建築現場で出た端材のようでしたが、十分です。
連日のカンカン照りのおかけで薪もからからに乾いてます。
着火剤がわりに持っていった檜リボン(道の駅清川で売ってたヒノキをカンナで削ったのをリボンにしたもので香りを楽しむ)にジョニさんにもらった着火ジェルをつけて、一発で燃え上がりました。

(焚火が主役のわがサイト)

私は 焚き火用できるだけで十分なのですが、まあ それだけではつまらないですね。夫は何か料理を作りたいと、軽く食材を持ってきました。この辺りは全て夫におまかせです。
キャンプ用の調理器具などは何も持っていないので、とりあえず鉄板代わりに グリルパンの蓋(魚焼きグリルの中で使うもの)を持ってきました。 これなら 直火OK。

まずは 味付け肉で焼肉。
そしてその味付け液を煮詰めて焼きそば 、焼きソーセージ。


焚き火の中には アルミホイルで包んだ さつまいもも入れておきました 後は これが いい感じに焼き芋になるのを待つだけです。

デイキャンプで朝から夕方まで借りていましたが、もう十分という気持ちになりました。
量もそれほど食べてないのに なんだかお腹いっぱい。真夏に焚き火のそばで食事なんて 暑すぎですよね。
水を1 L と、近くのコンビニで買ってきたビールとコーラも飲み、もう満足です。

焼き芋はその場で1本だけ 食べました。
本当に美味しい!これはやめられません。


火の始末をして帰りましょう。
100均のオイルポット代用した火消し壺は十分に働いてくれました。
すすで汚れたものは 簡単にその場で拭き取ってからビニール袋へ。
帰宅してから洗うことにします。
特にチェックアウトの手続きはないので、電話で撤収する旨を伝えて駅へ。近道するとサイトから駅までは5分くらいでした。めちゃ近かった!というか駅からこんな近い距離にキャンプ場があることが 驚きです。

(ここを抜けたら駅ってびっくりです)

第1回 アウトドア活動は 成功
またやってみたいと思います。

4

 8月が始まりました。
 昨夜久しぶりに雨が降って(しかも大変な雷雨)少し涼しくなりました。とは言っても朝の気温は27°c、蒸し蒸ししてます。

 神奈川大学の公開講座で通っていた 考古学の講義も先週で全5回が終わりました。
 縄文、弥生、古墳、律令、戦国と、
5つの時代を取り上げ、神奈川県に残るそれらの時代を代表するような考古学資料、 遺跡などの研究の最先端のお話が聞けてとても興味深かったです。講義の後、実際に遺跡を訪ねると一段と楽しめます。これからも訪ねる 楽しみが増えました。 神奈川には 神奈川 独自の傾向 もあるとわかって それも非常に興味深いものでした。
 私がよく知る九州や、学校で習ってきた近畿とはまた違う「関東」の独特の歴史に触れることができました。鎌倉幕府がここに置かれたのも意味があったのだなあと思いますし、江戸が日本の中心になってその後ずっと中心であり続けてるというのも、 そう考えてみると面白いことだと思います。
 最終回は小田原北条氏が作った小田原 文化について、小田原城の発掘調査報告を交えてのものでした。
 「御用米曲輪」という城内に残る北条氏政の館跡の発掘が進んでいるようで、そこから非常に興味深いものが色々と発見されています。庭園が切石で作られているというのがとても興味を引かれました。奈良、京都の時代から日本の庭園は自然をそのまま持ってくるということが 大原則で石は自然の石のまま配置することになっているのに、この庭園には石をきれいに切って(しかも五輪塔などの石塔の再利用) 池を作っているというのです。他に例がなく、どこから来たのか全然わからないそうです。ここにも関東の文化の独自性があるのかもしれませんね。
切り石敷きの庭園
 わずかに 類似の例が熊本城にもあるという話でした。 あ!それはあの「地図石」のことでは?最後に質問したら そうだということでした。ただ、地図石は庭園の中にあるものではないので、同じものとは言えないから小田原とのつながりはわからないという話でした まだまだこれから研究が楽しみですね。
熊本城の「地図石」
〔神奈川新聞の記事〕
戦国時代の池跡確認 石材をリサイクル 御用米曲輪発掘調査/小田原
小田原市「史跡小田原城跡 御用米曲輪」

灼熱の東京上野へでかけました。
上野公園にある東京文化会館 ここはオペラや バレエの公演なども行われるところなのですが 私は初めて中に入りました。 今日はここの 小ホールで行われる森野美咲さんのソプラノリサイタルです。

 夫がずっと追っかけているので 彼女の東京のコンサートには 毎回来るようになっています。 今回も 木口さんのピアノということで もう何回目かな?
 灼熱だったんですが東京文化会館は上野駅公園口を出てすぐなので それほど暑い思いはせずに済みました。
 前半と後半に分かれていましたが 前半は ドイツ語 の歌曲が中心でリストやブラームス シューベルト といった ラインナップ 美しく しっとり 聞かせてくれました。後半はかなり ぶっ飛んだ 感じ 。現代的な曲が中心でした中でも 度肝を抜かれたのが リゲティの「マカーブルの秘密」。
 70年代に作曲されたオペラの曲のようです。
クラシックだけどサイケ(?)でした。

カーシェアに目覚めたことは前回書きました。
 3連休の2日間、車を36時間借りてドライブに出てみました。今回は運転を練習するのが目的。行き先はどこでも構いません。お金を節約したいので高速には乗らずに 下の道だけを使うつもりです。

 まあ 3連休なので 高速なんかに乗ると逆に混んでると思われます。横浜は散々歩き回りましたが、神奈川県の西の方はあまりなじみのない地域。最近、神奈川大学の市民講座で考古学の勉強をしているので授業で出てきた 遺跡を実際見に行くのも楽しいかもしれません。
 今回借りた車はホンダのフィット。 小さくて運転しやすそう。家から徒歩7分ぐらいの場所にENEOS のカーシェアがあります。

 今回も早朝7時スタート。いつも人が多い横浜中華街やみなとみらいを人が少ないうちに通り、そこから第一の目的地として 横浜市青葉区市が尾にある横穴墓遺跡へ向かいます 横浜駅の方から新横浜を通って 国道246号線へ至る道です。途中 ファミレスで朝ごはんを食べます。ファミレスの駐車場を駐車券で精算するのも もう何十年ぶり!新鮮です。

 市が尾の横穴墓群は綺麗に整備してあってなかなか見ごたえありました。 6世紀から7世紀にかけての地元の農民家族の墓と思われているようです。 今ではすっかり住宅に取り囲まれていますがその辺りの一番高い場所にあって富士山まで見渡せるような景色のいいところでした昔の日本人も家族を葬るのに景色のいいところを選んだのですね。


人が並ぶと大きさがわかりますね。

こういう横穴墓が19基あります!

 次に神奈川県西部へ向かいたいと思います。市ヶ尾から246に乗ったら、大渋滞。藤が丘 辺りで一旦下の道へおります。 藤が丘か〜、この辺りに就職したばかりの頃に住んでいました。昔のアパートのあたりを見に行ってみようかな。もうアパートは取り壊されているはずですが、どうなってるのでしょう?

  景色がかなり変わっていて、迷いましたがたどり着きました。アパートが建っていたところは 区画が変わって 一戸建ての家がいくつも立っていましたが、アパートの隣の幼稚園はそのままでした。

ここの写真に写っている範囲 全体が敷地で木造2階建てのアパートと広い駐車場がありました。何ていう名前だったかな 「小島コーポ」 だったっけ?
このアパートです。(昔のGoogleMapから)
 ここからまた246に乗って、伊勢原の方へ向かいます。大山の麓の三ノ宮神社に カーナビの目的地をセットしました。特にそこに行きたいというわけではないのですが、郷土資料館もあるようだし行ってみましょう。
 246が散々 渋滞していて結構疲れました。 高速の乗り口が長く渋滞しているようで高速を選ばなくて正解。ナビに逆らって裏道へ抜けます。運転にはだんだん慣れてきました。
 途中 スターバックスのドライブスルーがあったので入ってみました。今回は運転の練習、車でしかできないこともいろいろ体験したい。ドライブスルーはその筆頭です。しかも スターバックスのドライブスルー なんて私が車に乗っていた頃にはなかったので、初体験です。おすすめの桃のフラペチーノを買いました。
 三ノ宮にある比々多神社(後で調べると 相模国の三宮でかなり古い神社のようです)というのは田畑の真ん中の狭い道を通って行くと、突如 大きな神社が現れるというものでした。そして 図らずも、その裏手には 縄文時代の遺跡があったのでした(下谷戸縄文遺跡)。手鏡のような形に石が並べられた 石敷住居あとは、ちょうど考古学の授業の縄文時代のところで勉強したものです。先生の話によると、神奈川県の山の近くの縄文遺跡には、石が床に敷き詰められている住居跡がたくさん出てくるとか。(海の近くになると石はあまり 手に入らないので石敷のものは出ない)



 私の興味に走りすぎても、同行の夫がかわいそうなので、夫の行きたいところにも行きますよ。外食業界にいる夫が興味があると言っていた 大繁盛の焼肉店『焼肉きんぐ』 に行ってみます。予約をしないと入れないような 人気店らしい。
 朝から予約をしたんですが 予約できたのは2時半過ぎ、その時間でもたくさんのひとが並んでいました。ここは食べ放題で美味しいことで大繁盛しているのだそう。夫の会社の幹部の人たちが団体で視察に出かけたという話を聞いて 夫も興味を持ったようです。
 食べ放題はついつい食べ過ぎてしまいますね。たらふく食べて大満足。さて ここからどこへ行きましょうか?ここまで来たからには 大磯の横穴墓群(またお墓?!)も見ておきたいところ。

 厚木から相模川沿いに南下して、大磯 へ向かいます。途中、平塚駅前でトイレ休憩。パーキングメーターも使います。

平塚は囲碁の町らしい。

 大磯城山公園についたときは、午後5時を過ぎていて、メインの公園の駐車場は閉っていて入れず。公園の裏側の 第2駐車場ならまだ開いてるかもしれない。強烈に細い道を通って行くと 果たして開いてました。急いで停めて、明るいうちにお墓群を見に行きました。
 いまは海岸線からは1キロぐらい離れていますが、元々は海の崖にお墓があったんじゃないかなというくらい高い位置に墓穴がありました。



 その後 せっかく海まで来たので海岸線を走ってみよう。 茅ヶ崎サザンビーチまでドライブします。もう夕方のせいか渋滞もなく西湘バイパスも走りやすい。
 茅ヶ崎サザンビーチ これは あのサザンオールスターズにちなんでつけられた名前です。近くの駐車場に車を停めて海水浴場を散歩。 ここでもトイレを借りました。

 ドライブしているとトイレの場所はなかなか気を使いますね。 昔はコンビニでトイレを借りられたものですが、 最近は貸してくれないところが増えているし。
 茅ヶ崎からさらに 鎌倉の由比ヶ浜まで 海岸線を走りました。 江ノ島を通過する頃には日が暮れ始めました。若者のグループがたくさんいて、夏の海、これぞ湘南! 由比ヶ浜から鎌倉駅の方に帰る行楽客も大勢いて、古都鎌倉は海遊びの街でもあるのだなぁと思ったり。
 鎌倉からはもう 真っ暗になっていたので、そろそろ家に向かいましょう。途中 スーパーによって重たいものなど買って帰りたい。普段は常に徒歩なので重たいものはあまり買わないんですよね。
 鎌倉鶴岡八幡宮のところからから朝夷奈を通って金沢の方に抜けます。ここを通ればもう 横浜市です。初めて通る道だったのですが、 通ってびっくり、 ものすごい山道でした。急カーブ 急カーブ 急カーブの連続。 山道はまだ自信がないと思って 大山も 麓までにしたのに、 鎌倉 横浜間でこんなに 山道を走ることになるとは!夜道だったので なかなか怖かったです。
 金沢八景のイオンで買い物をして、スーパーの立体駐車場体験 もしました。一旦家によって荷物を置いて、車を元の駐車場に置きに行きます。車はレンタルしたままですが、駐車料金を別に払いたくないのでこのパーキングに停めておきます。明日また朝早く起きて 続きのドライブをしたいと思います。
 1日 運転して右のふくらはぎと腰がちょっと痛くなってきました。 明日は クッションを持ち込んで運転したいと思います。

 次の朝も6時に起きて早めに出発。 昨日も38度の猛暑でしたが 今日も暑くなりそう。昨日 朝夷奈の山道で自信をつけたので、今日は 清川村の道の駅まで行ってみようと思います。
 清川村 というのは 神奈川県にある唯一の村です。道の駅があるので、そこを目的地にします 昨日 大山の麓まで行ったのとほぼ同じルートなんですけど。
 朝イチで友人がよく野鳥観察に来ていた 二俣川の大池公園に行ってみます。 朝の8時台だというのにものすごく暑い。
これはたまらん!

 朝ご飯は マクドナルドのドライブスルー。と言ってもドライブスルーで買ってそのマックの駐車場で食べました。

 それから、座間の米軍基地の近くにある勝坂遺跡の縄文生活林へ。勝坂遺跡は土器の名前になっている有名な遺跡だそうです (知らなかった)
ここにも 石敷の住居跡や竪穴式住居の復元、縄文時代の生活連林〜どんぐりや 栗の木など〜が復元されていてちょっとした資料の展示室もあり充実した遺跡でした(全然知らずに行きました 次はもうちょっとちゃんと本などを読んでいきたいと思います)。


勝坂式土器




 そして道の駅清川へ。山道ですが 綺麗に整備されているし 昼間だしで、走りやすかったです。 道の駅は十分な駐車スペースがあり、 それなりに 観光客で賑わっていました。食堂に行ってお昼ご飯を食べました ここは 豚肉が有名 みたいです。それから 道の駅のお楽しみ 地元の野菜をちょっと買いました。(とうもろこしを帰って茹でて食べたら 感動的な美味しさでした新鮮だと違いますね)




 帰り道、厚木で夫の仕事で付き合いのある工場をチラッと見て、のんびり 横浜へ向かいました。給油して駐車場に入れて車の掃除をして返却です。


 2日間で290kmぐらい走っていました。全部一人で運転!コンパクトカー だったので、狭い道もらくらく、昔の感覚が取り戻せたようです。運転に自信がつきました。これからはちょっと買い物とかそんな時でも30分だけとか借りて使っていこうと思います。



 それでも2日間ずっと運転しっぱなしだったので、神経は使ったようで 晩御飯もそこそこに ぐったり寝てしまいました。
いやー楽しかった。

若いころは営業車を1日中運転していましたが、内勤になって長いこと車とは縁のない生活をしています。
以前は運転好きで、仙台に住んでいたころ、仕事上がりでそのまま東京まで車を走らせたりしたこともあったのですが、今では「あれ?アクセルとブレーキどっちが右?左?」なんて考えてるありさま。
このままではペーパードライバーのまま朽ち果ててしまうかも。
いざ運転が必要になった時に運転できなくなってしまうと、せっかくとった免許ももったいない。今後のためにも、車の運転は定期的にしておかねば。
これまでも、必要なときはレンタカーを借りたりはしてたのですが、手続きが面倒だし、お金も結構高いし。
そこで!
近年流行りの「カーシェア」を利用することにしてみました。
調べてみると、近くには
・カレコ
・タイムズ
・オリックス
・エネオス
・ホンダ
などたくさんのカーシェアステーションがあるようです。
料金や車までの近さなどを調べて、「エネオス」と「カレコ」に会員登録。(タイムズが一番ステーション数もあり全国展開なので便利なんですが、初期費用がかかり、さらに月会費も必要なので毎月使わないとコスパ悪し)
そして、早速「カレコ」で借りて、千葉にある友人のお墓参りへ行ってきました。
カーシェアは、たいていこういうコインパーキングに車が置いてあります。
うちの周辺は1~3台置いてあるところが多いです。一番近いところで徒歩7分くらい。もっと近いところにあれば文句なしなんですけどね。


コインパーキングなので、無人。

ではどうやって借りるかというと、車の後部窓にあるこの機械に免許証をかざすのです。そうすると不思議やふしぎ、ドアロックが外れて中に入れます。
(スマホのアプリの操作でドアを開けることもできます)
中に入るとグローブボックスに車のキーが入っているという仕組みです。
カレコは10分180円、1時間1080円で借りることができます。
今回は6時間借りて5280円(パック料金で、1時間880円になる)。
これに保険やガソリン代も含まれます。
カレコは車種が豊富で、ベンツとか置いてあるところもあるそうな(借りないけど)。
今回借りたのは、トヨタの新型シエンタ。
「車中泊」にも興味が出てきてるので、この車で2人で車中泊できそうかみてみたい。さらに、来月から、シエンタなどはベーシックカー(一番安いクラス)からミドルクラスに種別上げされるので(実質値上げ)、今のうちに借りておこうという気持ちもあり。
横浜から湾岸を通ってずっと高速で千葉まで。
行きは夫が運転し、帰りは私が運転してみました。
運転席に座ると、いろいろ体が覚えていて、アクセルとブレーキも間違えることなく、問題なく運転できました。
帰りに給油したのですが、エネオス、コスモ、シェルと、給油カードが何種類もそろっていて、どこで入れても持ち出しはなく、手間賃として次回から300円引いてもらえるのだそう。
へー。
これまら「少しでも安い所で給油しよう」とか無駄な時間を使う必要もないし、らくちんですね。
次は、エネオスで借りてみるつもりです。
エネオスは後発のカーシェアサービスであるのに加え、広島と神奈川でしか展開していないという弱小ぶり。なので、安いんです。しかも初回は12時間まで無料らしいので、まずはそれを利用するつもりです。
夫婦で交代で運転するために、2人ともどちらのサービスも会員になっています。万が一、登録しないで運転したら保険も下りないので危険です。
それに、夫の分のエネオスカーシェア初回無料も使えます。
ずーっと車に乗らない生活をしてきましたが、カーシェアを使いこなして、運転技術も維持し、生活も便利になればいいと思います。アウトドアにも興味出てきたので、バーべキューやキャンプにも荷物の重さを気にせず行けるのは嬉しい。
今回借りたシエンタは7人乗りで荷室が狭く、車中泊にはいまいちと判明。少し高いけど、隣のカレコステーションにはVOXYがあるので、そっちを借りて車中泊に挑戦してみたいです。

気がつけばわたしも現役引退まで10年を切ってしまう年になりました。
老後の資金について考えないではいられません。

数年前に「老後2000万円問題」って言うのありましたよね。
それ以前から、お金のことは考えていました。貯金しても金利はつかないし・・・お金のことって学校でも教わらないし、なかなか人にも相談しにくい。(きょうだいに証券会社勤めがいるんですけど、そんな話一度もしたことないし)
最近は政府も資産運用を推進する構えだし、まわりに情報も増えてきたと思いますが、はたしてどれが良い情報なんだろう?
分からないことがいっぱいです。
そんななか、今通っている大学市民公開講座に、資産運用セミナーが登場しました。無料なのが気になるけど、大学の講座だからそれなりに公平な立場の話がきけるのではないだろうか?
さっそく申し込んで出かけてきました。
題して「初めての資産運用講座」。
投資初心者対象らしい。
初心者ってわけでもないけど、今まで一度もこういう勉強したことないから。
たっぷり2時間。
資産運用ってなに?というところから、株式投資のイロハ~債権の仕組みなどの講義でした。
けっこう手ごたえありました。
決して初心者向けではない。
周りを見回しても、投資経験豊富そうな人たちが出席している印象。
夜の開講だったし、若い世代をターゲットにしていると思われ、私なんかが行ってもいいのかな?と思ったのですが、むしろ高齢者の参加が多かった。いつもながら高齢者の向上心はすごいなと思います。
これまで本やネットで独学してましたが、こうやって先生の話を系統立てて聞くことができて良かったです。どんな分野でも、独学だと知識が偏る罠があるので、こういう「概論」をそれなりの立場の人から聞けるのはよいことです。初心者がまずおさえないといけない基本ポイントが何なのかよくわかりました。
PER、PBR、ROE、ROIなど、いつ見ても混乱する株価指標などの説明もありました。ムズカシイ!
他にもたくさん自分の知識にすっぽり抜けてる部分を補うことができました。
この話をせめて20年前に聞きたかったです。
いまは学校教育の中でも金融教育が始まるらしいですね。
うらやましい。
思い返せば、これまでにも機会もあったのです。
銀行主催のセミナーとか。
でも、ずっと避けてきました。そういうのは資産がうなってるお金持ちの世界の話だろうと。私なんかがいったらカモにされそうだな(笑)とか。
今からでも遅くはないでしょう。
老後人並みに暮らせるようにちゃんと勉強したいと思いました。

キャンプに行って以来、アウトドア関係に一気に興味がわいています。
とにかく外で焚火したい。
火燃やして料理とかやってみたい。
アウトドア用品店巡りをしてみたり、キャンプ用品のショッピングサイトや記事を読みまくったり。(まだ何も買ってないけど)
妄想ばかりを膨らませて頭でっかちになるのもほどほどにしないと!
と、練習として、公園でバーベキューやってみることにしました。
人が準備してくれるバーベキューに参加したことはあるけど、自分ではやったことない。初体験!
調べると、横浜市の公園でバーベキューできるところが何か所かあるみたい。手ぶらで行ってもできるよう。
電車でのアクセスのいい、八景島の近くの「海の公園」に予約を入れました。
定員12人の区画使用料は、土日で3時間2800円。
バーベキューコンロセットが2000円。計4800円。
12人なら1人400円と格安ですが、夫婦二人なのでめちゃ高額。
でも、練習なので。
まずはやってみるのが大事よ。

食材やビールなどを一通り準備して、自宅から電車を乗り継いでいきます。
海の公園は潮干狩りもできるビーチがある広い公園です。家族連れでにぎわっていました。


その一角にバーベキュー場があります。
据付のテーブルセットが40か所あり、それぞれがしっかり離れていて開放感あります。そのほか大人数に対応した炊事棟や水洗い場など、設備は整っています。
日陰になりそうなテーブルを選んで予約しておきました。
天気予報を見て、前々日くらいに予約したのでほとんど満席に近い状態だったけど。
売店にあるバーベキュー受付で、料金を払ってコンロセットを借ります。木炭は3キロついてきます。ここはゴミ袋もくれて、ごみは捨てて帰ってOKみたい。やるなぁ横浜市。
消火用のバケツも用意してくれていました。至れり尽くせり。

12番テーブル。
日向と日陰半分半分でした。

炭なので火起こしも楽。

海岸なので風もあり、うちわであおぐほどでもなかった。
3時間なんて短いのでは?と思っていたけど、2人だから1時間半ほどでおなかもいっぱいになりました。



高い肉も買ってみた。
もちろん大変に美味しかったけど、これからは安いものでやろうと思った。
炭で焼いたらなんでも美味しくなりそう。
茄子とか最高に美味しかったし。

炭火でやいたサツマイモが超級の美味。
これは焼くだけ焼いて自宅に持ち帰って夕飯にしたんですけど、次やるとしたら、大量に焼き芋生産したいと思いました。


対岸に八景島を望む。景色の良いところです。

毎週土曜日 神奈川大学の 市民講座に通っていますが、その時は 必ず 図書館によるようにしています。本来は授業の関連の本を読んだりするのが良いのでしょうが、まあそこは気楽に。その時どきの読みたいものを手に取るようにしてます。
先日は ペリーの日本遠征に随行した通訳の日記を読んでみました。

読んでみると170年前の文章とは思えない読みやすさ。この筆者の感性がかなり現代的なのだなと思います。今読んでもあまり気になるところがない。差別的な表現とかもなくて。
1958年から始まるこの ペリー 随行記には、沖縄、小笠原、下田、横浜などの土地が出てくるのですが、やはり横浜関連の記述が気になります。色々な折衝の末に日米和親条約をに至る横浜滞在記録を中心に読んでみました。
和親条約調印後にペリーが横浜村の庄屋を訪ねた記録があります。 その家は今も横浜元町に残っていて子孫が住んでいるようです。
その辺りの記述を探してみます。
4月6日 木曜日
 今日は、ペリー提督と一行が散歩に上陸した。榴弾砲と砲車2両それにお茶 10箱がこの地の役人への最後の贈り物として 陸揚げされた。火砲が最高の引き出物とみなされているのは疑うべくもない。第1問は 「弾薬は?」であり 「実弾射撃を見せてほしい」とせがまれた。日本人たちはこの砲に似せて 直ちに大砲の鋳造にかかり、大砲さえ作ってしまえば、彼ら自身で外国の侵略に抵抗することができると考えているのではなかろうか。応接所でお茶を振る舞われた後、一行は前に設けた電信舎の方へ向けて出発し 小さなお宮 もしくはお寺に入った。彫像3体と位牌数個が並べてある。本尊は木の根を彫って作ったもの のように見受けられた。碑銘は全て漢字で書かれていたが惜しむらくはその説明を聞く時間のゆとりがなかった。


☆応接所
(条約締結の地に急ごしらえで 応接場などが建築されていたようです)

日米和親条約締結の地 · 〒231-0021 神奈川県横浜市中区

★★★★☆ · 史跡

日米和親条約締結の地 · 〒231-0021 神奈川県横浜市中区


☆小さなお宮
横浜村砂嘴の先端にあった弁天様。
その後 東大ができたりして現在は関内駅近くの 厳島神社に移設されました

洲干弁天社 本殿跡地 · 〒231-0011 神奈川県横浜市中区太田町6丁目73

★★☆☆☆ · 史跡

洲干弁天社 本殿跡地 · 〒231-0011 神奈川県横浜市中区太田町6丁目73



 ここから土手沿いに 水田を突き切り、横浜の西にある丘を登った。やがて 樹木の多い 綺麗な 峡谷へ 下って、小さな寺でしばしの憩いを取った。そこは 魅惑的な場所で 椿 桃 梅 がちょうど 咲きほころんで華やかさを添えていた。さらに快適な陽気が嫌が上にも みんなの気持ちをうき 立たせた。土地の住民が外国人を見物しようと 集まってきたが、護衛の役人は彼らを近くへ寄せ付けなかった。この辺鄙な土地に茶の木が栽培されている。 最初の植え付けの列を見てそれと気づいたのである。
☆土手沿いの水田
この辺りは太田屋新田と言って 沼地や田んぼが広がる場所だったようです、
☆横浜の西にある丘
今の山手のことです。
西ではなく東の誤りではなかろうかとのこと。
☆峡谷の小さな寺(東漸寺)
今は移転し、跡地は日本初のビール工場になり、さらに小学校になりました。北方小学校

横浜市立北方小学校 · 〒231-0863 神奈川県横浜市中区諏訪町29

★★★☆☆ · 小学校

横浜市立北方小学校 · 〒231-0863 神奈川県横浜市中区諏訪町29





 提督はここから村へ引き返し 私の勧めに応じて 回り道をして 村長の屋敷を訪ねた。 庭先には珍しい 松が植えられていた 。 その幹の高さは4フィート 上部は直径が20フィートもあろうか 雨傘のように 枝葉が広がっていた。 これまでにするには 30年間 丹精して育ててきたのであり、 松は今 伸びやかに成長して 花をいっぱいにつけていた。 先週の土曜日にこの谷の上手にある村の近くで流れに沿う ローム質の土手に生えた松を見ているが、 大きさは この松 ほどではなかった。ここ の主人はこの他に数本の松の木を接木したもみの木も持っていて、明らかにこれが自慢の様子であった。 村長の奥さんと娘さんが1人は孫を連れて現れ この席に加わった。栄之助やその同僚たちが 皆村長 やその家族を全く無視した行動をとり、 畳に座ってくつろぎ 彼らの中へ 混じってタバコを吸ったり 談笑したりするの見たが、これは教訓的だった。 日本の下級生活者は鉄の手でその抬頭を抑えられているのではなかろうか。 彼らが権利を主張できる状況にないことは誰の目にも明らかすぎることである。 おそらくこの男は我々の来航以来、 役人数人の宿を仰せつかっていたことであろう。 そして多分 我々や 役人たちを供応するに要した 出費も多くは この村の負担とされるに違いない。 我々は手土産1つ贈らずにその家を後にし、艦へ揃って引き返したのである。


旧石川代官所長屋門 · 〒231-0861 神奈川県横浜市中区元町2丁目108

旧石川代官所長屋門 · 〒231-0861 神奈川県横浜市中区元町2丁目108

★★★☆☆ · 史跡

旧石川代官所長屋門 · 〒231-0861 神奈川県横浜市中区元町2丁目108


翌日、ペリーの足跡を訪ねる散歩してみました。
過去には実際にそのルートを巡る 街歩きの会なども 実施されていたようで、 インターネットにその時の記録もあったので実際 ペリーが歩いた道なども 分かりました。
まずペリー艦隊の乗組員で横浜に埋葬された、いわゆる外国人の墓第1号を見に行きました。
実際には埋葬の3ヶ月後に 下田に移されたということで 今は残っていないのですがその場所はそのまま 外国人用の墓地となり 埋葬される人々も どんどん増え、今では「横浜山手外国人墓地」として観光名所にもなっています。

生麦事件犠牲者の墓 · 〒231-0862 神奈川県横浜市中区山手町

★★★★★ · 墓地

< a href="/portal/tags/生麦事件犠牲者の墓 · 〒231-0862 神奈川県横浜市中区山手町" style="position:relative;z-index:3;padding-left:16px;text-decoration:none;color:#647887;" target="_blank">生麦事件犠牲者の墓 · 〒231-0862 神奈川県横浜市中区山手町

次に フェリーが和親条約調印後、気晴らしのために散歩に出た時に立ち寄った横浜 村の名主の家へ行ってみます。(上に引用した文中の「村長」)

石川さんというお宅で、今でも子孫が住んでいらっしゃるようです。
ペリー側に代官と勘違いされたのか「代官屋敷」という名前でよばれ、その家の前の道は 代官坂として親しまれています。
それから 日米和親条約 調印の地へ。
今は公園になっていて 開校 資料館があります。
資料館に入ってペリー来航の色々な資料を見ました さらに閲覧室 学校図書館みたいなところに行って横浜開港 以来の地図とかを閲覧してきました。
資料館の中庭には ペリー上陸の時の絵にも書かれているタマックスの木が今でも終わっています 関東大震災の火災で燃えてしまったのですが、その根元から生えてきた芽が育ったものが今のものだとそうです。

この絵の右側の大木がペリー 時代の玉楠 です。

さて キャンプの前日、横浜入りしたジョニさん夫妻を仕事帰りに訪ねます。
集合時間や 持っていくものなどを確認しました。
ジョニさん達が香港から持ってきた 調理器具。
わー 本格的!

翌日午前11時に ジョニさんたちのホテルに集合。ジョニさんはもう食料の買い出し も済ませていました。

近所でお昼ご飯を食べて、周辺を散歩。
みなとみらいを望む プロムナードで記念撮影。

当初は電車とバスを乗り継いでキャンプ場へ行くつもりでしたが、ジョニさんが荷物が重いからと車をチャーターしていました(!!!)

3年も旅行できなくてお金たまっているから」とのこと。

大型の車で らくらく移動です。
ありがたい!
ジョニさんが仕事関係で知り合った中国人ガイドさんの関係らしいです。(運転手さんは日本語の方が達者な中国出身の人でした。残留孤児家族だと言ってました
1時間くらいで到着。
受付で追加のレンタル品などを借ります。

ここは油壺マリンパークだったところ。

いつのまにか 遊園地は閉園してキャンプ場になっていたのですね。
ここは以前はペンギンの池かアシカの池 だったのかな??
今は中に入れるようになっていてバーベキュー広場とされていました。
きっと 団体さんとかが来たりしたらここでバーベキューをやるんでしょうね。

ポニーがいました。

広々とした炊事場もありました。

こちらが 本日のキャンプサイト。

一面の芝生で居心地が良かったです。
ここは海が一番近い場所ですが、内側の受付に近い方には車で乗り入れられる砂利敷の場所もありました。

ジョニさんたちにテントの設営はお願いして、私は焚き火係になりました。

焚き火は 石畳になっている場所で行います。

夕食の準備をする ジョニさん。

元々ジョニさんは「煙たいから焚き火は不要」って言っていたけど私が焚き火強行したんです。
なので受付でこっそり着火剤を買ったんですが、ジョニさんも持ってきてました。焼き網まで!!
そして 焼き鳥!!
(何から何まで準備がいいことです)

相模湾に沈む夕日が綺麗でした。

暗くなったらロープを貼って ランタンを吊り下げます。

ジョニさんが何品も何品も作ってくれました。

前に香港のジョニさんの家に遊びに行った時も手料理を振舞ってくれましたが、
こういうのが楽しいんだろうな。
私も家にある野菜を少し持って行きましたが、その他は全てジョニさんたちが用意してくれました。
日本酒も2瓶ありました。
食事しながらのんびり おしゃべり。
「最近山口百恵の歌にハマっている」と言うジョニさん、スマホで次から次へと曲を流します。どれもこれも ソラで歌える!
他にお客もいなくて完全に貸切状態だったので、消灯の10時くらいまで気兼ねなく楽しく過ごしました。
テントで寝ていると パタパタパタパタ 風でテントが音を立てるので、大雨が降ってるんじゃないかと心配になって夜中に外に出てみたりしましたが、全くの快晴で綺麗な星を見ることができました。

翌朝は7時起床。
顔洗ってくると ジョニさんが朝のコーヒーを入れてくれてました。
コーヒーを飲みながら朝ご飯ができるのを待ちます(何という 楽ちん!)
朝食は香港風の ハムエッグトースト。

料理中のジョニさんを動画で撮影しているところ。

海の向こうにうっすら富士山が見えました。このキャンプ場は自然の中にあるわけじゃないけ
ど、この景色は素晴らしかった。

朝10時チェックアウト。

撤収します。
レンタルしたものや 荷物をフロントで借りた 台車に乗せて運んでいるところ。

テントは たたまなくてもいいということだったので、そのまま残して帰ります。

玄関前にはもうお迎えの車が来ていました。料金は怖くて聞けませんでした(笑)

私はこの2日間休みを取りましたが 夫は昨日は仕事が終わってからやってきて、今日もこれから仕事です。
帰り道にあるので 車で寄ってもらいました。
とても良い体験でした。
ジョニさん ありがとう。
帰ってきてからまた行きたくなり周辺のキャンプ場 情報を色々調べ始めました。
まだ自分でテントを張る自信がないから まずは 日帰りキャンプとかバーベキュー なんかやるのがいいかな。
何と言っても焚き火が楽しかったので。

アフターコロナ。
円安も相まって今年から海外の友人たちが続々と来日している。
それでも以前のように「会おう」「食事しよう」と誘われるのはまだ多くないけど。
そんな中、真っ先に声をかけてくれたのが香港の友人ジョニさん。
コロナ前は仕事でしょっちゅう来日してて、年に一度は会っていた。
まだ街じゅうがマスクをしていた3月に、3年ぶりに会って食事した。
国境が開いたとたん、やもたてもたまらずご夫妻でやってきたのだそう。
曰く「香港人もずっと狭い香港に閉じ込められてどこにも行けなかったから、旅行が解禁になったら飛行機のチケットの争奪戦なんだ。」(そして値段も釣り上がっているとか)
コロナの間、彼らは香港の山でせっせとキャンプをして楽しんでいたらしい。3月の来日時もモンベル(日本のアウトドア用品ブランド)でたくさん買い物したとか。

前置きが長くなったけど、そのジョニさんから「次の日本旅行はキャンプ体験したいと思ってるんだけど、いっしょに行く?」と誘われたので、今回行ってきたというお話です。


キャンプ?!
私は全くの素人、
でもジョニさんたちと行くならきっと楽しかろう。
「行きますよ!」と返事をして、キャンプ場の予約はこちらの担当になった。


キャンプ達人の知り合いに予約サイトを教えてもらい、ジョニさんにも教える。
「こんなにたくさんあるけどどのあたりがいい?」
「そちらの家から近いところにしよう」という返事。




そっか、彼らは今回は日本でキャンプするのが目的だから他のことはそんなにこだわらないんだな。

いくらか気も軽くなり、交通の便の良い三浦半島のキャンプ場を予約。昔の油壺マリンパーク(水族館などのあるテーマパーク)の跡地にできたところで、自然は少ないけど初心者向きと思われる。
今どきのキャンプ場は、いろんなレンタル品もあり、何なら手ぶらで来てもいいようになってる。
ジョニさんもはじめは「道具は全部香港から持っていく」といってたけど、流石に重い!となり、大物はレンタル品を利用することにした。
以下、レンタルしたもの。
参加者はジョニさん夫婦とうちの夫婦4人。
3人用テント✕2
タープ✕1
テーブル✕1
椅子✕4
焚き火スタンド✕1
カセットコンロ✕1
ランタン✕1
寝袋✕2(我が家用)
コッド✕2(ジョニさん家用)
エアーマット✕2(我が家用)
場所は2区画借りて広々。
これだけ借りると
料金はしめて33,000円になりました。
場所代だけなら1区画6500円。
慣れてる人なら自分の道具を車に積んでいけば場所代だけですね。
薪やガスボンベなどは別途購入。
食材も予約できたけど、それはすべてジョニさんにお任せ(きっとそれが楽しみなのだろうから)。
まだ、予約のやり取りしていた頃、今どきのキャンプがどんなものがイメージが全くないことに加え、さらにジョニさんたちの装備や、どんな期待をしてるのか不明だったため、何を準備したらいいのかわからず、ワタワタしてきた。
寝袋は買おうかな?とか思って、モンベルに行って色々見たり、でも安くないなー。慌てて買って失敗したくないしなー。
じゃぁレンタルする?キャンプ用品のレンタルサイト見てみたり…
結局キャンプ場に電話して相談したら色々解決。
寝袋も貸してもらえるとわかる。
やっぱり一人であれこれ考えててもわからないものですね。
さて、次回は実際のキャンプの様子をお伝えします。

1年ほど前から受講している神奈川大学の公開講座 新しいシリーズが始まったので 行ってきました 今回は2ヶ月で6回の講座を受講します。


これまで12シーズンにわたって日本のナショナリズム 愛国心などについて 講義が行われてきたそうです。私が受講したのはポツダム宣言の頃から 三島由紀夫 まで 戦中戦後のナショナリズムについての各論ですが、これからはもう一度ナショナリズムについて 俯瞰してみようということのようです。

現代日本ナショナリズムの理論的再検討
〜グローバル化と自国第一主義の蔓延する世界において考える
第1回目の 今日は以下のようなテーマが発表されていましたが 例によって 冒頭はちょっと違う話から始まりました。
歴史観とナショナリズム
文明史観・唯物史観・皇国史観など「歴史観」とナショナリズムとの関係を整理する

ウクライナ 戦争の話です。
1945年8月15日生まれの先生は、バリバリの左翼 反戦主義者とおっしゃっています。
プーチンかウクライナへ侵攻したことが非常に ショックだったと話していました。 政治史の専門家として認識が甘かったと言わざるを得ないと。

プーチンは2022年の2月からウクライナに軍事行動していることを 「戦争」とは言っていませんでした。 それがこの5月になってようやく これが戦争状態であるということを認める発言をし始めたそうです。
これは日中戦争時の日本の理屈と非常に 似ている という話でした。 つまり 日中戦争が起こった 1936年当時日本はこれを 戦争とは言わず 日支事変とか 日華事変 という表現をしていました。 あくまでも 「暴支膺懲」(初めて聞きましたこの言葉)、警察的行動だと言うわけです。
80年以上経って この論理がまだ使われていることに考えさせられます。
スティーブンピンカー という人が
2011年に発表した「暴力の人類史」という 本には、人類の誕生以来 人々が殺人や暴力行為でどのくらい 死んでいったかということを 統計的にまとめられています。私も一昨年あたりに読んだのですが非常に面白い本でした。 この研究によれば 第1次大戦 第2次大戦でおびただしい人が亡くなったとされているものの、 実は人類の太古の歴史から見ると、残虐な行為によって死ぬということがどんどんどんどん減ってきているという結果がわかったそうなんです。
ピンカーの考察によると その理由として考えられるのは特に国家による法の整備が挙げられるということでした。 つまり国家による法の整備がなされる前は、殺し合いが日常的にあり 、諍い、戦争、殺人や処刑で死ぬ人が相対的に多かったということなのだそうです。
中世では処刑は町の広場で行われ(魔女狩りなど) 人々は処刑を見世物的に楽しんでいたとも言われます。
今ではちょっと考えられない感覚です。
また国家による法の整備と同時に 啓蒙思想により 人道主義が人々の間に芽生えたということも大きな変化ではないかとか。
しかし先生はこのピンカーの説も全面的に肯定はしていませんでした。 やはり ピンカーは歴史学者ではなく 心理学者であり、 統計的に これまでのものを処理しただけで 今後もそうなるかどうか、そのことが本当に歴史の真実であるかということは また別の話だと考えているようです。
歴史学にも歴史があり 1970年頃は歴史を学ぶには経済を学ばなければならないという風潮があり 経済から見る歴史ということがとても流行っていたんだそうです。 そして今は歴史に統計学を持ち込むのが流行っているのだそうです。
それから最近は 地政学がかなりクローズアップされています。テレビや雑誌 インターネット上でも時勢柄、地政学を云々する人たちが とても増えていますが、それについても先生は批判的でした。
地政学 すなわち 地理学と政治学を融合したものは 本来 軍事作戦上、どの地点を抑えれば有利になるかなどを考える手法であり、先生に言わせれば 「エセ学問」なのだそうです。
第二次世界大戦時 ヒトラーのナチス や 日本 でも 「生存圏」という言葉が登場しました。 今でも シーレーン などという言い方で、どこそこが 日本の生命線だなどと言います。地政学をいくら考えても 「なぜ戦争が起こるか」という理由はわからない、生存圏を設定してしまうそのものの見方が戦争を引き起こすのだというのが先生の主張です。
地政学は第二次世界大戦後 急激に学問の世界から消えていったんだそうです。なのに、なぜ今なぜそんな古いものを持ち出しているのだ??と。


さて この話もなかなか面白かったのですが ナショナリズムの話がまだ出てきませんね。
先生は続けます。 ピンカーによれば 1945年から ピンカーのその本が出た 2011年まで 長い平和の時代が続いている。 大国間の戦争はなく、 核兵器は使われず、 先進国がどこかの国に攻め入って領土を拡張したことは一度もなく、国際的に認定された国が消滅することもなく何十年も続いてきたと。
プーチンがウクライナに侵攻するまでは。
話を 2011年時点に戻して、 なぜこの長い平和が続いてきたかということも考察があります。
一番強い理由は 人々のメンタリティーの変化とのことです。 例えば 第二次世界大戦までは 狙撃兵が何人射殺したか、その数が多ければ多いほど英雄視され、自分も誇りに感じていたそうですが第二次世界対戦後は人を殺した兵士達は心に傷を負うという考え方が常識になってきます。また「戦争で人が死
ぬことはコストだ」という考え方も浸透してきました。そのコスト意識があるために プーチンは総動員をかけずに 刑務所で服役している人々に声をかけて戦場に送り出しているわけです。 その段階で 人の命の 選別をしているということに問題が大有りですが。
反戦意識の盛り上がりも理由の一つです。
さらに経済的にグローバル化が進み 各国が相互依存する関係にあるというのも 大きな理由です。
だから先生もまさか プーチンが本当にウクライナ侵攻するだろう とは 直前まで思っていなかったというのです。歴史学者として自分の味方が甘かったと大いに反省をしているという話でした。
ピンカーは核抑止という理由も提示していたようですが、 先生はそれには懐疑的でした。
こんな感じで1回目の講義が終わりました。ナショナリズムの話は 次回からということになりそうです。
前回までの講義は ポツダム宣言、近衛文麿、南原繁、野坂参三、清水幾太郎、江藤淳、三島由紀夫などの文章を吟味する内容で結構難しかったのですが、 これからは 俯瞰する内容になるようなのでもうちょっとつかみやすくなるかな? 楽しみです。

バラが咲いている!

明日は晴れ予報だから 朝早く起きて 人の少ないうちにバラを見に行こう!そう決めて土曜日の朝 早起きして、朝7時過ぎに家を出て 港の見える丘公園へ。

バラは見事に咲き誇っていました。
犬を連れた撮影会の皆さんが相変わらず たくさんいらっしゃいましたが、 まだまだ人は少なく ベンチに座ったりして 薔薇を堪能しました。

天気も清々しいので このまま足を伸ばして 山下公園のバラ園へも行きましょう。
途中 みなとみらい線の駅の出口のところに 「クルーズ」という プラカードを持った案内の人が立っていました。 MSC と書かれた上着を着ています。ここでクルーズ船の案内をするというのはどういうことなんだろう?もしかして 山下埠頭に船が泊まってるんだろうか?
そう思いながら山下公園へ行きましたが 山下埠頭に別に客船の姿はありません。
山下公園のバラ園も見事でした。
大桟橋の方を見るとダイヤモンドプリンセスが泊まっています。

色々あったダイヤモンドプリンセス、 大桟橋に停泊しているのを初めて見ました。 もっと近くで見てみよう。 そう思って臨港線プロムナードまで 歩いて行きました。ここには 掲示板があって 大型客船の出入港の情報が書かれています。


それによると MSC ベリッシマという船が大黒ふ頭に停泊中のようです。
あーなるほど、 大黒ふ頭は遠いから 山下埠頭 あたりに集合してそこからバスかなんかで向かうのかな。
このゴールデンウィークはクイーンエリザベス、にっぽん丸、飛鳥ii などなど たくさんの豪華客船が横浜にやってくるようです。
日差しが強くなってきたので プロムナードの下に降りて ベンチに座ってちょっと休憩。
ダイヤモンドプリンセスは シンガポールから到着したばかりでたくさんの人たちが大きなスーツケースをゴロゴロ 引いて歩いて行きます。
ふと横を見るとスーツケースを持った女性が立って書類をてみています。少し座る位置をずれて、その方にベンチのスペースをゆずりました。
「クルーズですか?」と話しかけると、「そうなんですけどちょっと迷ってしまって」 という話。その人が持っている書類をちらっと見ると MSC の文字が。
「あ、ベリッシマに乗られるんですか それだと、ここではなくて 大黒ふ頭ですよね」「それはどこなんでしょう??」
集合場所は山下埠頭 だと思うけれど 念のため 書類で確認してもらうと、やはり 山下埠頭に集合のよう。
実際 ゴールデンウィークは 大桟橋 新港 埠頭(ハンマーヘッド) それに 大黒ふ頭の3カ所から船が発着するようです。豪華客船の乗り場がそんなにあちこちあるなんて思わないですよね。
山下埠頭まではそんなに難しくはないけれど、どのみち帰り道 なのでご案内することにしました。
聞くとその方はお仕事で船に乗るらしい。横浜は初めてということなので みちみち 横浜の歴史などを絡めて観光案内しながら。
ベリッシマは日本に入港する客船の中では最大級で、なんと 5000人以上が乗れるとか。夜の出港ですが 午後1時には集合 なんだそうです。
無事に 山下埠頭について お別れする時に名刺をもらいました。 鹿児島の方で鹿児島に来たら連絡くださいと言われました。社交辞令とかじゃなく本当にですよ と。
短い間でしたけど楽しい出会いでした。
客船に興味持って、入港スケジュール見たばかりのときに 集合場所がわからなくなっている人にばったり会うなんて 何という 巡り合わせ。
これは何かのご縁かもしれませんね。

山下公園では毎年恒例の 花壇展も行われていました。

年末から数ヶ月 ずっと忙しいです。

この3年 コロナになってぱったり 売り上げが落ち それに伴って 業務量も減って結構 暇だったので体が暇になれていました。
ところが 年末から 怒涛の忙しさ。
元々この4月から新規プロジェクトが始まることになっていたのに加え、長年一緒に働いた後輩が転職することになってその 引き継ぎ やら 後釜の採用 やら 研修やらもろもろ。

新規プロジェクトの方も 採用活動しなければならず、慣れない採用の仕事で忙殺(というのは大げさですが)本来の自分の業務がほとんど 手につかないという有様です。

今週と来週は出張続き。
旅行は好きなので移動そのものは苦になりませんが、移動した先で仕事もしなければならないので大変です。出張とはそういうものですよね(笑)

軌道に乗るまであともう少し頑張ろう。
この3年楽をしすぎたのでちょうどいい リハビリかな?

出張の風景。







大雪の天気予報が見事に外れて寒い雨となった夜、
プリモ芸術工房で開催され「 ベートーベンの弦楽四重奏 全曲演奏会 第2回目」に行ってきました。
初回も行ったので できれば私も 全曲 走破したいと思っています。
演奏者との距離は 3〜4メートル ぐらいしかないので、もう とても贅沢な環境で音楽に浸ることができます。
クラシックの演奏会 も 最近はあんまり出かけてないのですが、プロオケで活躍する一流の演奏家の室内楽、素敵です。
クラシックですけどあまり難しいことは考えず ただ音楽を聞いて頭の中に浮かんでくる いろんなことをつかんだり 手放したり、
瞑想 みたいな感じで楽しみました。
第3回目は 夏頃予定してるみたいです。
このプリモ芸術工房さんは 洗足駅前 のとても便利なところにあります。
落語を聞きに行ったのが初めてだったんですがもともとは クラシックの演奏会用に作られた 会場のようです。

2

またまた横浜中華街ネタです。
寒い冬にぴったりの中華風鍋を食べに行きました。
日本よりももっともっと冬の寒さが厳しいといわれる中国東北部の伝統料理です。
白菜の漬物と、豚バラのうす切りの鍋。
「酸菜白肉鍋(バイローサンツァイグォ)」です。
むかし台湾で食べて以来大好きなのですが、なかなか日本で食べる機会がないですね。台湾は南国ですが、中国東北部出身の人もいるので、料理は伝わってます。(台湾は国共内戦で蒋介石とともに渡った大陸出身者がもたらした各地の料理が食べられるところなんです)
独特のかたちをした鍋です。
下に燃料が入ってて具ぐつぐつ煮えます。

食べに行ったのは、横浜中華街では比較的新しい新華僑の店、「東北人家」の新館。

ここは安くておいしいです。
日本人より中国人の利用が多い印象、東北料理は多くないからかな。
四季豆の唐辛子炒めもたべました。
東北人家(トウホクジンカ) 新館