1. 「うちは話せる関係ですか?」と聞かれたら、ちょっと困ります
大学進学を機に、私は地元を離れて上京しました。
学生寮で暮らし始めてからというもの、親は一度も私の下宿に来たことがありません。
当時としては珍しくなかったのかもしれませんが、今思い返すと、なかなかの距離感だったように思います。
とはいえ、年に1〜2回は帰省していましたし、月に1度くらいは電話もしていました。
干渉しすぎず、頼りすぎず、お互い自立した親子関係を保ってきたつもりです。
親が定年退職してからは、一緒に旅行へ行くようになりました。といっても年に1回程度。両親は70代半ばくらいまで、1週間くらいのドライブ旅行を楽しんでいました。その途中1泊2日で合流するんです。段取りは親のほうが慣れていて、むしろ私が頼りにしていたくらいです。その後は帰省に合わせて温泉などに1泊2日など。
娘として、私は“まあまあ”やってきたほうかな、と思っています。
でも──
今、親は80代なかば。
ありがたいことに、元気でいてくれています。
それでも、元気なうちに話しておいたほうがいいことが、少しずつ増えてきた気がしています。
2. でも今、親は80代なかば──「話しておくべきこと」が増えてきました
親が80代も半ばになると、さすがにいろいろ考えるようになります。
ありがたいことに、体も頭もしっかりしていて、今もふたりで元気に暮らしています。
ただ、「まだまだ元気だから大丈夫」と思っていたい反面、
「今のうちに話しておかなくて大丈夫かな…」という不安が、ふとした拍子に顔を出すようになりました。
たとえば、もし急に入院するようなことがあったら、どこに連絡すればいいのか。
通帳や保険証はどこにあるのか。
相続や遺言のことはどう考えているのか。
介護が必要になったら、どうしたいと思っているのか。
どれも「あとでいいや」と思いがちな話ばかりですが、
実際にその“あと”が突然やってくるかもしれないと思うと、
元気な今こそ、少しずつ話しておくべきなのだろうなと感じています。
ここ数年は、帰省のたびに「今回はちゃんと話そう」と思うのですが、
いざ顔を合わせると、なかなか切り出せません。
空気が変わる気がして、つい楽しい話や日常のことで終わってしまいます。
大事なことなのに、どんどん先延ばしになっています。
以前、法事の話が出たときに、思い切って「うちはどこのお寺にお願いしてるの?」と私のほうから聞いてみました。
すると「○○寺よ」と、あっさり返事はもらえました。
でも、それ以外に自分たちから終活や相続のことを伝えようとしている気配はなく、
むしろそういう話はしたくない、という空気すら感じます。
それも、私がなかなか話を切り出せない理由のひとつになっています。
3. 頭ではわかっているけれど、うちは話せません──その理由
「元気なうちに話しておいたほうがいい」
そんなことは、私だってとっくにわかっています。
本やテレビでも“人生会議”とか“親の終活”という話題はよく見かけますし、
親の年齢を考えたら、もう先延ばしにできないのは明らかです。
でも、うちはそれができないんです。
いざその場になると、言葉が出てこない。
「今、こんな話をしても大丈夫かな」「嫌がられるんじゃないかな」と考えてしまって、
結局何も言えずに終わってしまいます。
その理由を考えてみると、やっぱりこれまでの親子関係のあり方が大きいのだと思います。
私はずっと、親に頼らず、干渉されず、自分のことは自分でやってきました。
親も私にあまり口を出さず、黙って見守ってくれる人たちでした。
そんなふうにお互いを尊重し合ってきたからこそ、今さら“老い”や“死”の話を切り出すのが、なんだかタブーのように感じてしまうのです。
さらに、親のほうから終活や相続の話をしてくる気配がまったくない、というのも正直プレッシャーになっています。
こちらから話題を出すと、「まだそんな話をするような歳じゃないわよ」と言われそうで…。
親のことを思って話したいはずなのに、
どこかで「傷つけてしまうかもしれない」と身構えている自分がいます。
4. いきなり“相続”じゃなくて、まずは「今の生活のこと」から
ずっと「そろそろ話しておいたほうがいい」と思いながらも、なかなか切り出せなかった親とのお金の話。
でもある帰省のとき、思いきってこんなふうに聞いてみました。
「お父さんたち、老後のお金ってどうしてるの?年金で生活はまかなえてるの?」
介護や相続といった“将来のこと”ではなく、まずは“今の生活”について心配する形なら、自然に聞ける気がしたのです。
すると、親は「だいたい大丈夫だよ」と返してくれました。
ただ、その「だいたい」というのが本当にだいたいで、詳しいことは何ひとつわかりません。
年金がいくらくらい入っているのかといったことも、あまり話したがらない様子でした。
それでも、心配はかけたくないという気持ちは伝わってきたので、帰省中はそれ以上深く聞かずにいました。
ただ、こちらとしては、今後のことを考えると、やはりどこかで一度きちんと整理しておきたいと思っていました。
面と向かって話すのはお互いに難しい。だから私は、東京に戻ってから、あらためてメールで伝えることにしました。
なるべく事務的なトーンで、でも大事なこととして。
以下は、実際に送ったメールの内容です(一部抜粋):
さて、今回の帰省でお父さんたちの資産について少しお尋ねしました。私も、自分の老後のために、お金や制度について勉強しているところです。
お二人が築いてきた資産は、安心して豊かな老後を過ごすために使ってほしいと思います。
子どもに残すことは考えなくてもいいと思いますが、もっと年をとった時には、子ども達がかわりに支払いなどをすることになるので、そのための準備はしておいたほうが安心です。
認知症などになると口座が凍結されてしまうこともあるので、「家族信託」や「成年後見人制度」なども調べてみましたが、費用がかかるため、現実的には私が代わりに手続きできるようにしておくのがよいかと思います。
そのためには、口座や保険の情報を知っておく必要があります。
メールには、以下の3点をお願いしました:
- 金融口座の整理とリスト化
- 保険の把握と内容確認
- 使っていない口座や証券口座の解約
一方的に押しつけるのではなく、あくまで「家族として、これからの備えを一緒に考えたい」という姿勢でまとめたつもりです。
すると後日、父から「職場のOB会のセミナーでそういう話を聞いたことがある」と返ってきました。
どうやら、親も親なりに考えてはいたようなのです。
それを知ったとき、なんだかほっとしたのと同時に、「最初の一歩を踏み出してよかった」と思いました。
5. いま、ゆるやかに“話せる空気”を育てているところです
実際のところ、一度の帰省や一通のメールで、すべてがスムーズに進んだわけではありません。
こちらが聞きたいことをはっきり言葉にするのもむずかしいし、
親も、自分たちのことを整理して他人(子ども)に伝えるというのは、案外ハードルが高いのだと思います。
それでも、きっかけはできました。
「ちゃんと考えてくれているんだな」というのが、父の一言から伝わってきたのです。
あとは、無理なく、時間をかけて進めていくしかないと思っています。
“今度帰省したときは、この話をもう一歩進めよう”
“次のメールでは、このことを聞いてみよう”
そうやって、少しずつ“話せる空気”を育てているところです。
この年齢になると、親の変化にも気づくようになります。
本人は変わっていないつもりでも、細かな記憶があやふやになっていたり、説明がまわりくどくなっていたり。
そんなときに、前もって「こういうときのために、準備しておきたいね」と話せていることが、
あとあと大きな安心につながるのだと思います。
何より、親が元気なうちに、笑って話せるタイミングで。
それがいちばん大事なのだと感じています。
6. 読者の方へ:話しにくいのは、仲がいいからこそかもしれません
「親と相続や終活の話ができない」
そう悩んでいる人は、案外たくさんいるのではないでしょうか。
親のことを思ってこその“話し合い”のはずなのに、
なぜこんなにも言い出しにくいんだろう、と私自身も何度も感じてきました。
でも、自立して生きてきた親と、それを尊重してきた子どもとの関係は、
いわば「踏み込みすぎない信頼感」で成り立っているところもあります。
それが、かえって“終活”や“お金のこと”といった話題を遠ざけてしまうこともあるのかもしれません。
けれど、少しずつ会話を重ねていくなかで、最近では親のほうからも相続のことなどを話してくれるようになってきました。
「まだまだ先のこと」だと思いたいのはお互いさまですが、
今なら、少し冷静に話せる。そんな空気が、ゆるやかに生まれてきたように感じています。
私の帰省はこれまで年に1〜2回、しかも2泊程度でした。
でも、これからはもう少し頻度を増やして、
“ちょっとずつ進める話”を重ねていきたいと思っています。
実際、これからやることは山積みです。
- 親名義の不用口座の解約
- 各種引き落としの口座集約
- 実家の資産価値のチェック
- どちらかが一人になったときの年金額の確認
- 大事な書類や印鑑、保管場所の把握
- 各種パスワードやログイン情報の整理
- 人生会議(=延命治療や看取り方針の共有)
一度にすべてはできませんが、できるところから少しずつ。
焦らず、でも後回しにもせず、ひとつずつ進めていくつもりです。
このブログでも、また進捗を少しずつ記録していきますね。
同じように「うちもそろそろかな…」と思っている方の、
何かのヒントになればうれしいです。
コメント