横浜山手の「ベーリックホール」は、スパニッシュ様式の美しい外観と、ドラマのような過去をもつ歴史的建築物です。今回の記事では、そんなベーリックホールで出会った思いがけないエピソードと、見学ガイドをご紹介します。
ベーリックホールは横浜山手の西洋館の中でも比較的大きな建物で、戦後は山手にあったセントジョセフスクールの寄宿舎としても使われていたそうです。(セントジョセフは2000年頃に閉校、学校のあったところは今はマンションが建っています)

ベーリックホールってどんなところ?
横浜山手を代表する洋館
横浜・山手エリアには、外国人居留地時代の名残を伝える西洋館がいくつも点在しています。その中でも、ひときわ存在感のあるのが「ベーリックホール」。スパニッシュ様式の白い外観に、曲線を描く赤い瓦屋根、広々とした芝生の前庭…まるで南欧のリゾート地に迷い込んだかのような錯覚を覚えます。
1930年に、イギリス人貿易商B.R.ベーリック氏の邸宅として建てられたもので、設計はアメリカ人建築家J.H.モーガン。なんとこれが「個人の住宅」だったというから驚き。現在は横浜市が保存・管理し、無料で一般公開されています。
寄宿舎としての歴史(セント・ジョセフ・カレッジの時代)
第二次大戦後の接収を経て、1958年からは「セント・ジョセフ・カレッジ」の寄宿舎として使われていたという背景も、ベーリックホールの特異性のひとつです。
セント・ジョセフは1905年創立のインターナショナルスクールで、山手の丘の上で英語教育を提供するアメリカ式の男子校。校舎は近くにあり、この邸宅には寮生たちが暮らしていました。
当時の様子を卒業生の方から直接聞いたのですが、今のダイニングには2段ベッドがずらりと並び、ホールでは卓球をしていたとか。神父様の部屋は2階に、朝ごはんは学校で食べたそうです。
今でこそエレガントな洋館ですが、寄宿生にとってはちょっと「規律の厳しい生活の場」でもあったようです。
現在の使われ方と見学のポイント
現在のベーリックホールは、戦前の邸宅時代に改修され、当時のインテリアが忠実に再現された洋館展示施設として公開されています。
リビングルーム、サンルーム、ダイニング、寝室…どの部屋も雰囲気があって、インテリアや建築好きにはたまらない場所です。季節の装飾(ハロウィンやクリスマス)や花のイベントもあり、何度訪れても飽きません。
しかも、これだけのクオリティで無料公開されているのが本当にありがたい。
混雑を避けるなら、午前中の早めの時間か、平日が狙い目です。館内は一部を除き写真撮影も可能ですが、最近はイベントや展示によって撮影NGの場合もあるので、入館時に確認を。

2019年秋|元寄宿生との奇跡の出会い
何気ない朝の散歩が始まり
朝の散歩で「ベーリックホール」へ行ってみました。
この日の朝も、なんとなくベーリックホールまで散歩に出かけたんです。
天気は少し曇り空。でも、山手の静かな空気の中で、西洋館をゆったりと眺める時間は、気持ちがリセットされる私のお気に入りルーティンのひとつ。
今は横浜市が管理していて創建当時の内装が再現されて無料で公開中。
今日もたくさんの見学者がやってきてました。
この日も、夫と一緒に「ここ、昔は寮だったんだって」「二段ベッドとか並んでたのかな~」なんて、軽口を交わしながら館内を見学していました。
「ここは寄宿舎だったんだって」
「二段ベッドかズラッと並んでたのかな?」
などと夫と喋りながらと見てました。
偶然の声かけ、その瞬間
「昔の卒業生が懐かしがって訪れたりするのかもねー」
と言っていたら、
背後から、突然、はっきりとした声が聞こえたんです。
「ここにいますよ!」
え?え?と振り向くと、ニコニコした白人の男性がひとり、私たちの会話を聞いていたようで。
「え?!卒業生ですか?」
「そうです。ここに住んでいました。」
と、満面の笑みで答えてくれました。
ビックリ!!!
四人連れの親戚のグループでした。話を聞いてみると、アメリカと大阪から来たんだそうです。その男性が昔住んでいたところだからということで訪ねてきたそうです。
信じられない偶然に、もうびっくり。
寄宿舎時代のリアルな証言
その方のお話が、またすごくリアルで。
小学生の頃に寄宿生活して、その後アメリカへ引っ越してしまったそうで、「小さかったからあまり詳しくは覚えていないんです。でも、ここを離れる最後には壁にこっそり名前を彫ったんですけど、残ってませんでした」とか。
そうなんですよね。一般公開にあたって壁などはほとんど改修されてるらしいです。残念でした。
それでも、彼の中では確かに“あの頃”がここにあって、今も大切な記憶として残っているんだな…と感じました。
「寄宿生は一階で、今のダイニングのところにベッドが並んでいました。ホールにはピンポン台がおいてあって、二階は神父さんたちの部屋でした。ご飯はここで食べないで、学校で食べていました。」
なんていう当時の話をきかせてくれました。
「アメリカでも時々セントジョセフの卒業生に会うんですよ。日本語がうまい人に会って、どこで覚えたの?と聞くとヨコハマのセントジョセフで、って。あるときなんて、先生は誰だった?なんて話してたらクラスメートだってわかって、びっくりしたこともありましたよ。今回行ってみたら、学校の校舎はなくなってて悲しかったです。」
思いがけず、当時のお話を聞けて、嬉しかったです。こんなことってあるんですね。
2021年初夏|ショパンが響いた特別な日
少人数で行われた贅沢な演奏会
2021年6月。
山手地区には横浜市が管理するいくつもの洋館があり、無料開放されています。そして季節に合わせて色々なイベントも開催されていましたが、コロナでかなり制約を受けたようです。(緊急事態宣言時は全部閉館してましたし)
今回も観客を20人に絞って、予約制で開催されるということで、予約初日の朝電話で席を確保。
開放感あふれる大きなフランス窓のリビングルームが会場。
サンルーム(パールルーム)にも繋がっていて、きっと通常なら80人くらいは入れるところを、今回は20名限定という贅沢ぶりです。

ピアノと館内が響き合うひととき
演奏はショパン尽くしのリサイタル。
登場したピアニストは、大根田えみゆさん。ピンクのドレスに身を包み、小柄な姿からは想像できない力強くも繊細な音が広がっていきました。
近距離のサロンコンサートならではの良さ。
大きなフランス窓がありますが、湿気がピアノの音に影響するということで全開することなく進んだので、30分くらいしたところで換気のために休憩があったんです。
ショパン尽くし。
良かったです。
普段ショパンを好んで聞くことはないのですが、こういうサロンのようなところで聞くのにぴったりでした。狭い所なので、ピアニストの指の動きもよく見えて素晴らしかったです。近距離のサロンコンサートならではの良さ。
これが無料だなんて!

無料とは思えない豊かな体験
終演後には、出演者がファンの方と記念撮影をしていて、アットホームな雰囲気。
近所の無料コンサートだからと、気軽な気持ちで適当なカッコでやってきた私は申し訳ない気持ちになり、休憩時間に髪を結直したのでした。
それくらい、素敵な雰囲気だったんです。
大きな音楽ホールの迫力とは違って、時間がゆっくり流れるサロンのような空間で聴くショパンは、特別な体験でした。

2021年秋|寄宿舎フェスタで聞いた証言
卒業生によるガイドツアー
正式名称
ベーリックフェスティバル2021 セント・ジョセフフェスタ
ベーリックホールは名前の通り、ベーリックさんの邸宅だったわけですが、そのあとは戦後の米軍接収を経て、1958年からセント・ジョセフ・カレッジの寄宿舎として使われました。今は改修されてベーリックさんの時代に戻され保存されてるので、寄宿舎時代の様子は簡単には想像できません。
セント・ジョセフカレッジはいわゆるアメリカンスクールです。1905年開校、のちにセント・ジョセフインターナショナルスクールとなり男子校から共学へ、そして2000年に廃校となりました。
2021年10月。
ベーリックホールで「セント・ジョセフ・フェスタ」というイベントが開催されました。
これは、かつてこの建物がセント・ジョセフ・カレッジの寄宿舎として使われていた時代の記憶を辿る催し。セント・ジョセフ卒業生によるガイドツアーがあるというのででかけてきました。
案内役は、当時を知る卒業生の方。小学生時代からこの場所で生活していたという、その方の言葉にはリアルな重みがありました
ガイドツアーの定員は5名。
当時の写真なども使って、寄宿生活のあれこれを伺うことができました。
コロナ禍以降、室内の写真撮影が全面禁止になったので写真がないのが残念。

当時の生活と感じたこと
案内してくれたのは、小学校から寄宿舎生活をしたという私と同世代の方でした。幼かったから、この建物には懐かしさよりも、親元を離れて暮らした寂しさの思いのほうが強いとおっしゃっていたのが印象的でした。
今見るととても素敵なアイアンワークの扉。でも、当時の僕には“監獄のよう”に感じられたんです」
——そんな告白が、印象に残っています。
その方は小学校1年生から寄宿生活を送っていたとのこと。
年端もいかない子どもが親元を離れて過ごす寂しさと、当時の建物の冷たい印象が重なって、思い出には少し切なさも滲んでいました。
寄宿生活が育んだもの
けれど、その生活には良い面もあったそうです。
- 自分のことは自分でする
- 規則正しく生活する
- 小遣いもなく、買い食いの習慣もない
- 勉強の時間はきっちり取られる
- 中高生になると、こっそり元町へ抜け出す楽しみも(笑)
閉ざされた空間だったけれど、その中で確かに育まれたものも多くあった——そんな語りでした。
セントジョセフフェスタは2年に1度定期的に開催されています。
一般公開されていますので、興味のある方はぜお出かけください。
ベーリックホール見学の基本情報
所在地・アクセス
住所:神奈川県横浜市中区山手町72
最寄駅:
- JR「石川町駅」南口より徒歩約10分
- みなとみらい線「元町・中華街駅」6番出口より徒歩約8分
※坂道が多いエリアなので、歩きやすい靴での訪問がおすすめです。
開館時間・休館日
開館時間:9:30~17:00(7・8月は18:00まで)
休館日:第2水曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/29~1/3)
※イベントなどで臨時休館となる場合もあるため、公式サイトで最新情報を確認してください。
入館料・予約
入館料:無料
予約:不要(イベント時は事前予約制のこともあり)
通常の見学は自由ですが、コンサートやガイドツアーは予約が必要な場合があります。特に人気イベントは早めの申し込みがおすすめです。また、ウェディングが行われる日は見学エリアが制限されますのでご注意ください。
館内の見どころ
- スパニッシュスタイルの外観とアーチ窓
- フランス窓が並ぶ明るいリビングルーム
- サンルーム(パールルーム)の柔らかな光
- 歴史を感じる階段・照明・家具のディテール
館内は基本的に撮影NGのです。見学時は現地の案内に従ってください。
また、館内はスリッパに履き替えての見学です。靴下の穴に注意(笑)

近隣スポットとあわせて
ベーリックホールは「横浜山手西洋館」のひとつで、徒歩圏内に以下のような見学施設があります:
西洋館めぐりマップを片手に散策するのも楽しいですよ。
おすすめの季節・イベント
- 春:ガーデンの花が美しい季節(桜、バラ)
- 秋:ハロウィン装飾や音楽イベント
- 冬:クリスマス装飾(12月は特に人気)
また不定期ですが、ピアノや室内楽のコンサートも行われています。イベント情報は「横浜山手西洋館」の公式ページでチェックできます。
以上のように、歴史的な価値と市民に開かれた文化施設としての魅力を持つベーリックホール。
散策の合間にふらりと立ち寄っても、じっくり館内を味わっても楽しいスポットです。
結婚式もあげられます
ベーリックホールでは結婚式も挙げられます。(宗教色のない人前結婚式)やケータリングによる披露宴になるそうです。ベーリックホールの美しい前庭でのガーデンパーティー、散歩の途中で出会ったことがありますが、とっても素敵で、主垂に残るものになるのではないでしょうか?
まとめ|過去と今が交差する、不思議な場所
偶然の出会いがくれた物語
ベーリックホールの館内でふと交わした言葉から始まった、小さな奇跡。
「ここにいましたよ」と笑った元寄宿生の声は、たまたま訪れた私たちに当時の記憶をそっと手渡してくれました。
当時の暮らしぶりや感情、消えたはずの校舎に残る思い出。
それらは「ただの洋館見学」では味わえない、人とのつながりによる深い感動でした。
こういう物語が待っているから、散歩ってやめられないのかもしれません。
また足を運びたくなる理由
ベーリックホールには、単なる建築物としての美しさだけではない魅力があります。
訪れるたびに新しい発見があり、誰かの記憶や物語がそっと重なってくるような、不思議な温かさ。
それは、戦前の邸宅から、戦後の寄宿舎へ、そして現在の文化施設へと変遷してきた歴史そのものが、建物の中に静かに息づいているからかもしれません。
ふとした瞬間に誰かの人生と交差する場所。
そんなベーリックホールを、これからも何度でも訪れたくなるのです。

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